――すぐに泣く瞬の方が好きだという言葉は、つまり、瞬に“甘え”を容認する言葉である。
それどころか推奨する言葉である。

「氷河ってさ、すげー卑怯だよな」
何をするためなのかは知らないが、氷河が瞬の肩を抱いてラウンジを出ていくと、星矢はその時を待っていたように非難の声を室内に響かせた。

「まったくだ。小ずるさの極みだな」
紫龍が心底から同感したように、彼の仲間に頷く。
それから紫龍は、氷河たちと入れ違いにラウンジに戻ってきた一輝に、励ましとも慰めともつかない言葉を向けた。
「真実の愛というのは、相手が一人でも生きていけるようにしてやることだ。子供の頃のおまえはともかく、瞬の一人立ちを促そうとする最近のおまえの態度は実に立派だぞ、一輝」

暗に、氷河は間違っている――と告げる紫龍に、一輝は何のリアクションも起こさなかった。
一輝は、解せずにいたのである。
泣き甘えることを瞬に容認し、それどころか奨励するような氷河の言動は、紫龍に言われるまでもなく間違っている――と、一輝は思う。
だが彼は、それがわからない瞬ではない、とも思っていた。

だから、彼は不思議だったのである。
なぜ瞬が、自分を甘やかそうとするような男を許すのか。
大人たちの勝手に振り回されるしかなかった幼い頃はともかく、少なくとも今の瞬は、それが間違った愛し方だということを知っているはずだった。

「しかし、おまえも、氷河を一喝するために戻ってきたのかと思ったが、そうするでもなし――。いったい何の用で帰ってきたんだ」
完全に間違っている氷河を責めるでもなく罵倒するでもない一輝の態度を、実は紫龍こそが怪訝に思っていたのである。

瞬の兄が氷河に説教の一つでもぶちかますことを期待しているらしい長髪の男に、一輝はぶっきらぼうな声で答えた。
「花見だ」
「花見、ね」
窓の向こうの葉桜を眺め、紫龍は左右の肩をすくめた。






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