「ま、氷河の“オトナ”なんて、こんなもんだろう」
あっけにとられている星矢と瞬の前で、したり顔の紫龍が独りごちる。
訳がわからずにきょとんとしている星矢たちに、紫龍は澄ました顔で説明を施してくれた。
曰く、
「氷河は、瞬に関することで、他人に自分より洒落たことや粋なことをされるのが嫌なんだ、つまり」
「へ……?」

紫龍の説明を星矢が理解し終える前に、どうやら氷河は階下のエントランスホールで目的の人物を見付けたらしい。
「ここにいたか、一輝!」
「なんだ?」
「男の闘いに言葉は不要!」
ホールに響いた氷河の怒声が、すぐにすさまじい大音響でかき消される。
その大音響は城戸邸のエントランスのドアと壁の一部の破壊によるもので、それらを破壊したものは、氷河の渾身の拳を受けた一輝の身体だったらしい。
破壊音が完全に消え去る前に、一輝の身体は城戸邸の庭の車寄せに転がり出ていた。

星矢と瞬が慌ててラウンジから続くバルコニーの手擦りに取りつく。
バルコニーの下の庭では、さすがにすぐに態勢を整え直したらしい一輝と、怒り心頭に発しているらしい氷河とが、互いを睨み合って対峙していた。

「嘘っこの花見ごときでここまで態度を豹変させるなんて、氷河の感性ってどーなってんだかよくわかんねーな」
あきれたようにぼやく星矢の声は、心なしか楽しそうに弾んでいた。

「俗に、美女と醜女は知性を認められることを欲し、そのどちらでもない女性は美貌を認められたがる──と言うしな」
「どーゆー意味だよ?」
「まあ、本来は、中途半端な人間ほど通俗的なものを求めるという意味だろうが、美貌を既に手にしている者と、決して手に入らないと見切った者の求めるものが同じだというところがミソだな。要するに、人が何を求め、何にプライドをかけているかは、立場によってそれぞれ異なるということだ」

「ふーん?」
わかったようなわからないような例えである。
正しくわかったようなわからないような顔になった星矢に、紫龍がまたしてもわかりにくい例えを持ち出す。
「逆鱗のある場所は、人によって違うということだ」

紫龍の持ち出したわかりにくい例えを、もちろん星矢は解さなかった。
星矢は、だが、そんなことはもはやどうでもよかったのである。
星矢は、自分が楽しければそれでよかった。
「美女も逆鱗もどーでもいいや。一輝ー、氷河ー、どっちも頑張れー!」

星矢の声援を受けたからではないだろうが、氷河に突然売られた喧嘩を、一輝はまともに買い取ることにしたらしい。
星矢たちが高見の見物を決め込んでいるバルコニーの下では、極熱の小宇宙と極冷の小宇宙が互いに譲らない自己主張を始めていた。






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