「俺は、この海岸で海獣の生け贄にされかけている姫君を助けろというゼウスの神託を受けて、アルゴスからやってきた者だ。今日起こったことのすべては神々の間で取り決められていたことだから、あんたらはポセイドンの報復の心配なぞしなくていい。これ以後この国に何が起きても、それは神の愛から出た試練と思うことだな」

エチオピアは、オリュンポスより南方に位置する国の中では随一の広大な国土を持つ大国である。
当然、周辺諸国へのエチオピア国王の持つ影響力も大きい。
その国王に対して、ヒョウガは臆する様子もなく平然と大法螺を吹いてみせた。
生け贄は偽の姫君だったのだから、この救出劇が神々の描いた筋書き通りのことであるはずはない。
その事実を知っている国王と王妃は、しかし、彼の発言を虚偽と言い立てることはしなかった――できなかった。
偽の生け贄を立てて神をたばかろうとしたことを、彼等は自ら白状するわけにはいかなかったのである。

王妃が素早く、自らがまとっていた絹のヴェールをシュンに頭からかぶせて、夫に目配せをする。
大神ゼウスの神託の真偽、海神ポセイドンの怒りと報復――そういったことよりも今は、生け贄が偽物だったことを臣下や国民に知れることの方を恐れているらしい国王は、王妃の合図に従って、ヒョウガに愛想笑いを向けてきた。

「よくぞ娘を救ってくださった。ぜひ、我が王宮へ」
「遠慮なく」
言葉通りに全く遠慮を感じていない様子で、ヒョウガが王に顎をしゃくる。
それから、彼は、王にだけ聞こえるように低く、
「本物のオヒメサマも見せてほしいしな」
と囁いた。

エチオピアの国王が、僅かに表情を強張らせる。
が、さすがに国民すべてをペテンにかけようとしただけの人物だけあって、彼はそれで衆人に見せるために作った笑みを消し去るほどの正直者でも小心者でもなかった。






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