アンドロメダ・アタルガディス・エスメラルダという大層な名前を冠したエチオピアの王女は、シュンよりも明るい色の髪をした、だが、ひどく暗い表情の姫君だった。
今日がその日と知らされていなかったのは事実だったのだろう。
瞳が曇っているのは、ひとり蚊帳の外に置かれたことへの憤り──というより、罪悪感のせいのようだった。

王女の面差しは確かにシュンに似ていた。
宴に出られるほどの身分ではないのか、今このタイミングで公の場に出ることに差し障りがあるとされたのか、急遽準備された宴の場にシュンの姿はなく、ヒョウガは二人を見比べることはできなかったが。
「悪くはないが――俺はもっと元気で生き生きしたのが好みだな」
ヒョウガは不躾な視線を王女の胸に向けながら、王女には聞き取れない程度には抑えた声で呟いた。

「我が国を救ってくれた英雄は、いかなる望みも叶えられるだろう──」
神の慈悲によって娘の命を救われた(ことになっている)国王は、相変わらず愛想笑いを浮かべている。
エチオピア国王の顔に貼り付いているそれが、(偽の)娘の命を救った者のためにではなく、祝いの宴に列席している家臣団のために作られたものだということを知っているヒョウガには、彼の愛想笑いは当然 愉快なものではなかった。

相好を崩して、娘の命を救われた幸運な父親を演じているエチオピア国王に、ヒョウガが皮肉な口調で告げる。
「こういう時の英雄の望みは相場が決まっているだろう。オヒメサマをくれ」

国王夫妻は、ヒョウガの要求を覚悟していたものらしい。
偽の生け贄を立てたことを国民に知られることの危険を考えれば、口止めのためにもヒョウガの要求を飲んだ方が得策と、彼等は考えたのかもしれない。
国王は、ヒョウガの要求を一も二もなく了承してのけた。

あくまでも幸運な父親を演じ続ける国王に半ば感嘆し、半ば軽蔑の念を抱きながら――それはエチオピアの民だけでなく、神をも欺く所業なのだ――ヒョウガは低い声で彼の真の望みを国王に告げた。
「偽者の方の」

ヒョウガのその言葉を聞いた途端に国王は間の抜けた顔になり、それから彼は安堵したように大きく吐息した。






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