そもそもの発端は、僅かな血縁もないシュンとこの国の王女の容貌が酷似していたことにあった。 その不思議に奇妙な縁を覚えた王女がシュンと親交を持つようになり、それがきっかけで王女はシュンの兄を知る。 あとは、ありがちと言えばありがちな展開だった。 二人の身分違いの恋はアンドロメダ王女の父の知るところとなり、シュンの兄にはでっちあげの罪名が付与される。 くだらない罪――しかも冤罪――で囚われの身となることを潔しとしなかったシュンの兄は、王に兵を差し向けられる前にこの国を出た。 今、兄がどこにいるのかを、シュンは知らない。 「……姫が死んだことになれば、姫は公の場に姿を現せなくなる。姫の婚約者も姫との結婚は諦めるしかなくなって、そうなれば、もしかしたら――」 「兄の身分違いの恋が叶うかもしれないと考えたわけだ」 「いけませんかっ。それをみんな台無しにしてっ!」 アンドロメダ姫が亡くなったと聞けば、兄が故国に戻ってくることはわかっていた。 死んだ弟を探す兄は、やがて生きている恋人の許に辿り着くだろう。 一国の王女という身分や責任から解放されたアンドロメダ姫は、必ず兄と共に生きることを選んでくれるに違いない――。 それが、シュンの思い描いていた筋書きだったのだ。 が、シュンの計画を無に帰してくれた異国からの闖入者は、自分のしでかしたことに毫ほどの罪悪感も抱いていないらしい。 掴みあげていたシュンの腕を自由にすると、彼は、ふざけているとしか思えないほど大袈裟な仕草で両の肩をすくめてみせた。 「不甲斐ない兄貴のために、おまえが犠牲になることはなかろう」 「兄がこの国を出る時、僕は兄の代わりにアンドロメダ姫を守るって、兄に約束したんです。僕も兄と一緒に行きたかったけど、姫は兄の大事な人で、こんな王宮に一人になんかできなかった……」 「――まあ、つまり、おまえは自分そっくりのオヒメサマに惚れているナルシストなわけではないんだな。異常なのは弟そっくりの娘に惚れる兄の方か」 「どうしていちいち そんな憎まれ口ばかり叩くんですか! 僕は早くに両親を亡くして、兄に育てられたようなものなんです。兄さんには幸せになってほしい……!」 これほど単純で、これほどありふれた――それゆえに普遍的な肉親の情を茶化す男は、肉親の愛というものを知らないのだろうか。 あるいは、肉親の愛情に恵まれすぎていて その価値に気付いていないのだろうか――? ヒョウガの態度の理由がそのどちらなのかを判断することは、シュンにはできなかった。 いずれにしても、ヒョウガは、シュンには気に入らない男でしかなかった。 その“気に入らない男”が、突然真顔になる。 「おまえが死ぬことで自分の恋が成就したとして、おまえの兄はそれを喜ぶような男なのか?」 「え……?」 「違うだろう? おまえがそれほど慕う兄だ。なら、おまえは生きていてよかったんだよ」 「…………」 肉親の愛を知らないのか、あるいは その価値を知らないのか――そのいずれともわからない男に思いがけず優しい口調で告げられて、兄がこの国を出て以来ずっとシュンを支配し続けていた緊張の糸がふいに緩む。 虚を衝かれたシュンの瞳は、次の瞬間、シュン自身に断りもなく涙を一粒零していた。 「でも、僕、これからどうすれば──。せっかく僕にできることを神様が用意してくださったと思っていたのに……」 「俺がすべてを丸く収めたら、おまえは俺にご褒美をくれるか」 ヒョウガはあくまでもどこまでも前向きだった。 彼は自分が過失を犯してしまったとは思ってもいないらしい。 意気込んで尋ねてくるヒョウガに、だが、シュンは小さく横に首を振ることしかできなかった。 「僕の身分は一応貴族ですが、兄の追放で僕の家は領地領民のすべてを失いました。僕はあなたに与えられるものは何も持っていません」 「おまえ自身はおまえの持ち物だろう」 言外で 唇を引き結び、ヒョウガの顔を見上げ、見詰める。 今のシュンは手詰まりだった。 打てる手が思いつかない。 しかし、この異邦人の胸中には何らかの手が――勝算のある計画が――存在するらしい。 この男は我が身を賭けるに値する男だろうかと、その青い瞳を見詰めながらシュンは考えた。 考えた時間は、ほんの数秒。 他に打てる手がないからではなく、彼の青い瞳の持つ明るさに魅入られて、シュンは彼に頷き返した。 「成功報酬ということなら」 「俺は失敗はしない。陰謀画策もあっちの方も」 彼が何を言ってるのか、本気で言っているのか――は、明確にはわからなかったが、青い瞳の異邦人が自信に満ちていることだけはわかる。 ここまで自信満々な男に、シュンはこれまで出会ったことがなかった。 彼は、人間の人生が神の決める運命に支配されていることにすら頓着していないように見える。 「あなた、いったい何者なの」 「通りすがりのただの美形だ」 シュンの問い掛けに、ヒョウガから戯れ言としか思えない答えが返ってくる。 そのふざけた物言いに腹を立てて、シュンは即座に彼の前で踵を返した。 だが。 乱暴な足取りでヒョウガの部屋を出たシュンは、自分の中に期待と希望が湧き起こってくることを、自分の意思で止めることができなかった。 根拠もないのに、すべてがうまく行きそうな予感を消し去れない。 シュンの胸は弾んでいた。 |