「日本の昔話にね、男の赤ちゃんを産んですぐに亡くなったお母さんが、我が子を思うあまり、隣りの家の娘に生まれ変わって、成長した自分の息子の奥さんになる話があるんだ」
出典の名を思い出せないのがじれったいのか、瞬は、氷河の髪に絡めていた指を神経質に動かした。

「おまえ、こういう時によくそんな話ができるな」
舌で瞬の胸をからかう遊びに熱中していた氷河が、その遊びを中断し、呆れたような、そして幾分プライドを傷付けられたような声を洩らす。
瞬に重なったままで、身体の位置をずらし、氷河は瞬の目を覗き込んできた。

瞬の瞳は熱を帯びて潤んでいる。
氷河の愛撫に反応していない――というわけではないようだった。
瞬はむしろ、平生の判断力が鈍ってきているからこそ、そんな話を始めたのかもしれない――と氷河は思った。

平生の判断力を欠いている(と思われる)瞬が、氷河の肩に指を置いて尋ねてくる。
「僕が氷河のマーマの生まれ変わりだったら、氷河、どうする?」
「――時間が合わない」

瞬の持ち出してきた話の内容が、氷河はひどく不愉快だった。
不愉快な話をやめさせるために、瞬の腿の間に左の手を伸ばす。
瞬は脚を閉じようとしたのだが、そこに膝を割り込ませることで、氷河は瞬にそうすることをさせなかった。
瞬が、小さな声を洩らす。
氷河に与えられる刺激に、だが、瞬は屈しようとはしなかった。

「人間の魂は、きっと時間なんてものに縛られないよ」
「瞬、たちの悪い例え話は――」
「僕が氷河のお母さんだったら、氷河はどうするの」
目を固く閉じ、僅かに白い喉をのけぞらせて、それでも瞬は氷河の答えを欲しがる。
氷河は、瞬の根性に半ば呆れかけていた。
しかし、氷河としても、こんな時にこんな状態で、瞬とそんな話を続けたくはなかったのである。

「これ以上、そんな話を続けると――」
氷河は瞬の本来の性器を素通りし、違う場所を指頭で押さえながら、
「入れてやらないぞ」
と、瞬の耳許で囁いた。
並々ならぬ根性と執念で氷河の愛撫に抵抗していた瞬が、突然酔いから醒めたようにきょとんとした顔になる。
それから、瞬は、自分の目の前にある青い瞳に向かって尋ねてきた。

「それ、僕への脅迫として有効なの」
「俺の方が知りたい」
氷河はそれが脅迫として有効だろうが無効だろうが、そんなことはどうでもよかったのである。
瞬が、馬鹿な例え話に固執するのをやめてくれさえすれば。

瞬も、氷河の意図は最初からわかっていたのだろう。
氷河の背に腕をまわし、ゆっくりと瞬は瞼を伏せた。
「入れて。もう黙るから。……ごめんなさい」
「……瞬?」
「残念だけど、僕は氷河のマーマじゃない。早く入れて」

そこ・・に、氷河はまだ何もしていなかった。
瞬の求め通りに『早く』入れたら、いくら慣れているとはいえ、瞬は尋常ではない痛みに耐えなければならなくなるだろう。
それはわかっていたのだが――。

氷河は瞬の身体を開き、自身の身体を前に押し進めた。
「う……ああっ」
一瞬硬直した瞬の身体が、いつもより苦しそうな声と共にそれを受けとめる。

自分の下で呻き悶える瞬の姿を見おろしながら、氷河は自分が自覚のない怒りに支配されていたことに気付いた。
今からもう一度、その怒りを解消してから瞬と交わり直した方がいいような気がする。
そう考えて、氷河は、実際にこの行為をやり直そうとした。
が、いつもより早く、いつもより熱く激しく氷河に絡みついてきた瞬の肉が、氷河にそうすることを許してくれなかった。



■ 出典 日本霊異記(AD822年頃成立)



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