一般的に認識されている症状とは微妙に異なるが、瞬が氷河のせいでマザーコンプレックスの症状を呈しているのと同様に、氷河も瞬のせいで重度のブラコンだった。
ベッドで瞬の兄の話を出された氷河が、冷静な気持ちでいられるわけがない。
この場合、氷河に冷静でいることを求める方が無理なのである。

明白に不機嫌な声で、氷河は瞬に“たちの悪い例え話”を持ちかけた。
「俺が一輝の生まれ変わりだったらどうする。一輝がおまえを手に入れるために――」
「兄さんは生きてるよ」
「人の魂は時間に縛られないと言ったのはおまえだ」

氷河は本心からそんな可能性を信じているわけでは、無論ない。
氷河が妬心からそんなことを言い出したのだということは、瞬にもわかっていた。
それでも瞬は、氷河の例え話にぞっとしたのである。
それは、瞬の兄と氷河自身とを貶める、まさに“たちの悪い”例え話だった。

自分がどんなひどいことを口にしたのかを改めて思い知り、瞬は身体を縮こまらせた。
それから、窺うような上目使いで、氷河の横顔を盗み見る。
「氷河、まだ元気?」
「まだ何度でもできる」
「いいこと いっぱいしてあげるから、そんな話はやめて。ね、僕、どんなことでもしてあげるよ。氷河になら。でも氷河が氷河じゃなかったらしてあげない――できない」
「…………」

稚拙に見えるところが、瞬の誘惑の巧みさである。
氷河は瞬のために、瞬の誘惑に屈することにした。
「その脅迫は有効だ。しかも実に魅惑的な申し出だな」
そう言って、氷河は、瞬の身体を自分の胸の上に引きあげた。
瞬が、これから自分はいったい何をされるのかと戸惑うような目で、氷河を見詰める。

瞬の『してあげる』はいつも、実際のところは『されてあげる』だった。
だが氷河はそういうセックスが好きだったので、そういうセックスを思う存分に楽しませてもらうことにした。






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