瞬を間近で観察し、自分の立てた計画に自信を深めたカミュ国王は、国王の前でかしこまっている瞬に言いました。
「王子の女嫌いを治すために協力してくれ」
「は?」
カミュ国王の唐突な協力要請の意図が理解できず、瞬は瞳をきょとんとさせました。
事情がわからずに目を見開いている瞬に、カミュ国王が更に言い募ります。
「男装して、氷河の側に仕えてほしいのだ」
「男装して?」

カミュ国王のその言葉で、瞬はますます混乱することになりました。
改めて言及するまでもないでしょうが、瞬は男装なんかしなくても れっきとした男の子でした。
寒いからスカートを穿いていないのではなく、貧しいから男の服を着ているのでもなく、ただ単に、男の子だから男の子の格好をしていただけなのです。
貧しいのは──事実でしたけれど。

瞬はカミュ国王の誤解を解こうとしたのですが、自分の思いついた名案に浮かれているカミュ国王は、瞬に口を挟む隙を与えません。
「もし、氷河を女性に目覚めさせることができたら、どんな褒美も思いのままだ。いや、いっそ君が氷河をその気にさせて、そのままベッドになだれ込んでくれてもいい。うまくすれば、君はこの国の未来の王妃だ!」

「ご褒美……?」
瞬は氷河王子の未来の王妃にはなりたくはありませんでした。
けれど、ご褒美はほしいと思ったのです。

瞬は両親を早くに亡くし、これまでずっと貧しい暮らしを続けてきました。
実は瞬にはお兄さんが一人いたのですが、そのお兄さんは、色々複雑な事情と経緯があって、 世の中の不平等と理不尽と不条理に憤り、一時期グレていたことがありました。
少々逆恨みめいてはいましたが、貧しい者に厳しい社会への義憤を なぜか窃盗行為に発展させた瞬のお兄さんは、ある日、権力に挑戦するように、北の国の王家に代々伝わる黄金の鎧を盗もうとして捕らえられてしまったのです。
窃盗行為は未遂に終わりましたが、瞬のお兄さんは結局、危険思想の持ち主として国外追放という罰を受けてしまったのです。

身内から王家に反逆する犯罪者を出して、瞬はそれ以降ずっと一人ぽっちで苦労を重ねてきました。
北の国は基本的に平和で豊かな国でしたからね。
王室も国民に愛され慕われていて、王室に対する反逆者とその親族は世間の同情も得られなかったのです。
ひとり北の国で苦労している弟の話を伝え聞き、今は考えを改めているらしい兄の国外追放を、瞬は取り消してもらいたかったのです。
それが、瞬のほしいご褒美でした。

「もし氷河がいつまでも女嫌いでいると、遠からず我が王室の血筋は絶えてしまう。王位継承者がいないということは、この国が大きな不安と争いの火種を抱えているということなのだ。世継ぎのないまま私や氷河の身に何か起こりでもしたら、この国の王位を奪おうとして他国の軍隊がこの国を侵略してくるのは必定。この国が戦場になれば、難儀するのは国民だ。私はこの国の王として、そんな事態を防ぐ義務がある」

カミュ国王は、一介の貧しい労働者である瞬に、深刻な顔で国家の大事を語ります。
これまで瞬は、こんなふうに、独立した尊厳を有する一個の人間として他人に接してもらった経験がほとんどありませんでした。
それも、相手は一国の王です。この国でいちばんの権力を持っている人です。
瞬はなんだかとても感動してしまいました。
事が事でなかったら、兄のことがなくても喜んでカミュ国王に力を貸したいと、瞬は思いました。
事が事でなかったら──です。

なのに。
カミュ国王からの瞬への依頼内容は──事が事でした。
「君くらいの美少女だったら、いくら女嫌いで名を馳せている氷河とて無視はできまい。君は本当に素晴らしい。へたにオンナオンナしていないところが、実にいい!」

瞬は女の子ではありませんから、オンナオンナしていないのは当然です。
その当然のことを、カミュ国王は、モーゼの奇跡を目の当たりにしたイスラエル人のように瞳を輝かせて語り続けます。
カミュ国王に事実を告げるのは、彼の喜びに水をさすようで、瞬は少し気がひけました。

「この国の未来は君の肩にかかっているのだ! よろしく頼む」
「…………」
よろしく頼むと言われても、瞬は、やっぱり男の子でした。
その上、肩幅も広くありません。
カミュ国王の苦衷は痛いほどにわかりましたけれど、彼の計画に協力することは、氷河王子をペテンにかけることであるような気もしました。

けれど──それでもやっぱり瞬はご褒美がほしかったのです。






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