「夕べ、瞬と寝ました」
淡々と、まるでここ数週間のダイヤの市場価格の推移を事務連絡するような口振りで、氷河は叔父であるカミュ国王にその事実を告げました。

「なななななんとっ!」
感動の大事実を知らされたカミュ国王は、けれど、氷河と違って事務連絡モードなんかではいられません。
氷河の報告の意味するところを理解するなり、カミュ国王は爛々と瞳を輝かせ始めました。
「そっ……それで首尾はどうだった? ドジったりなどしなかったろうな」
「瞬は満足したようです。俺もあれは病みつきになりそうだ」
「おおおおおおっ! せ……赤飯を……赤飯を炊かねばっ!」

カミュ国王は、今でも瞬を女の子と信じていましたからね。
氷河の事務連絡に、早くも孫が──もとい、亡き兄の孫が──できたような喜びようです。
氷河がすぐに事務連絡第二弾を行なわなかったら、カミュ国王は本当に小豆をとぐためにお城の厨房に駆けていってしまっていたことでしょう。

で、その事務連絡第二弾。
「プロポーズしました」
「仕事が早いのはいいことだ。私も早速結婚式の用意を――」
すっかり浮かれたカミュ国王は、今度は 今にも瞬のウェディングドレスを縫い始めそうな勢いです。
カミュ国王は、本当に氷河の事務連絡が嬉しくて嬉しくてたまらなかったのです。
でも、それだけに。
「断られました」
という氷河の報告に、カミュ国王は、天地がひっくり返ったような衝撃を受けてしまったのです。

「ななななななんだとぉ〜〜〜っっ !!!! 」
カミュ国王は、氷河の最低最悪の報告を聞いて、怒声のような悲鳴のような金切り声のような胴間声のような、およそ人間の発する声としてはこれ以上ないほど奇妙奇天烈な音を室内に響かせました。

氷河はこの北の国の次期国王です。
つまり権力と財力を有しています。
その上 美貌の持ち主で、次期国王としての教育も受け、教養もあり、女癖だって悪くはありません。
生涯の伴侶として、これ以上の相手がいるでしょうか。
その氷河からのプロポーズを、身分も財産もない一介の平民の少女が断るなんて、カミュ国王には想像を絶した出来事でした。
もしかしたら氷河は、これまで女気のない日々を過ごしてきた分いろいろとたまっていて、昨夜は瞬が自分の命に危険を感じるほど励みすぎてしまったのではないかと、カミュ国王はそんな心配までしてしまったのです。

カミュ国王の懸念は当たらずとも遠からずだったのですが、カミュ国王がそんなふうに甥の寝室の中のことまで親身になって心配してくれていることなんて、氷河は知りません。
氷河は、カミュ国王の懸念に気付きもせずに、事前に用意してきた台本のセリフを きわめて深刻な表情を作りながら読みあげ始めました。
「……瞬は、自分の身分が低く、身内に犯罪者がいることを気にしていて、俺と結婚はできないと言うんです」

瞬のプロポーズ拒否の理由が氷河の下半身問題ではないことを知らされたカミュ国王は、氷河の深刻な表情にも関わらず、ほっと安心しました。
デキないのも問題ですが、限度知らずも大問題。
迸る若さゆえの激情を抑えることは、なかなかもって困難なことです。
けれど、瞬が氷河との結婚をためらう理由が そんな社会的な問題だというのなら、それは人間の理性と意志の力でどうとでもなること、大した問題ではありません。

「してもらわねば困る! 我が国の王位は神に祝福された正式な婚姻から生まれた嫡子でなければ継げないことになっている。身分の違いなど気にする必要はない。そんなものが、愛の有無や深浅以上の問題であるはずがないではないか。身内に犯罪者がいたとしても、それが瞬個人の価値を損ねるものでもない。瞬がどうしても気になるというのなら、身内の前科など、私がもみ消してやる。前科と言っても、どうせつまらない こそ泥か何かだろう」

カミュ国王はなかなかリベラルな王様でした。
社会的な身分や生まれより愛が大事、身内の不祥事より瞬個人の価値と世継ぎの方が大事。
偏見なく、実に公明正大、かつ合理的な考え方です。

「その上──」
「まだ何か問題があるのかっ!」
せっかく氷河王子がその気になってくれた恋の相手です。
カミュ国王は絶対に瞬を逃したくありませんでした。
ここで瞬を氷河の花嫁に迎え損なったら、次に氷河がその気になってくれるのはいつになるか、わかったものではありません。
それどころか、これは二度とないチャンスかもしれないのです。
カミュ国王は、二人に華燭の典を挙げさせるためになら、どんな障害もどんな問題もデュカリオンの洪水のごとく押し流す覚悟でした。

――が。






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