氷河は、国王の差し向けてきた使者が瞬に告げた命令を聞いていたようでした。 「さっさと俺を殺せという命令が来たようだな。おまえはやはり国王の刺客だったのか」 氷河に尋ねられた瞬は、黙って首を横に振りました。 これが魔女の呪いだというのなら、氷河は瞬を信じてしまったのでしょう。 そして彼は、裏切られてはいないのに裏切られたと思い込んでしまっているのです。 そんな氷河があまりに悲しくて――瞬はただ悲しくてなりませんでした。 同時に瞬は、氷河にこの城から追われることを覚悟しました。 自分の心を守るために、氷河はそうせざるを得ないのだから、それは致し方ないことなのだ――と。 けれど。 信じていた者に裏切られた美貌の公爵が、次に瞬に告げた言葉は、驚くべきものでした。 彼は瞬の頬に手を差し延べ、青い瞳を苦しみの色に変えて、瞬に言ったのです。 「裏切られてもいい。信頼が報われなくてもいい。俺はおまえを信じている――愛している。おまえがあの腹黒い国王の手先で、俺の命を奪いに来たのだとしても、この気持ちは止められない」 ――と。 『信じている』『愛している』――そんな言葉を、氷河の口から聞くことがあるなんて――聞けるなんて。 瞬は氷河を信じていましたが、そんな期待だけは抱いていませんでしたので、とても――瞬はとても驚きました。 瞬は慌てて、氷河のために、氷河の誤解を解こうとしたのです。 「僕はそんなんじゃないよ……! 僕は、氷河を殺そうなんて考えてない……!」 「ああ、そうだな」 氷河は瞬のその言葉を嘘だと思っているようでした。 けれど氷河は、それでも瞬を信じているようでした。 「氷河……」 こんな信頼があるでしょうか。 瞬は、氷河の青い瞳を見詰めているうちに、なぜだか気が遠くなりかけてしまったのです。 深くて苦しんでいて切ない色の瞳。 それは瞬が初めて知る、とても不思議な気持ちでした。 「命を失ってもいい。すべてを失ってもいい。誰も信じずにいるよりは。おまえを愛さないでいるよりは」 氷河が言葉を重ねるたびに、瞬の心臓は早鐘を打ち始め、瞬はその場に立っているのがやっと。 瞬にできたのは、かすれる声で氷河に短く尋ねることだけでした。 「氷河、どうしてそんな悲しい目をしてるの」 「そんなはずはない」 氷河は、瞬の言を即座に否定しました。 「人はみんな、俺と同じ呪いをかけられている。俺だけが呪われてるんじゃない。その呪いを乗り越えることのできた人だけが幸福になれる。俺は今 幸福だ。悲しんでなどいるはずがない」 瞬を抱きしめて、氷河はその耳許に囁きました。 「公爵家の財産はすべておまえに譲るという遺言状を書いた。俺を殺して、自分の贅沢な暮らしのために使うなり、他人に施すなり、国王に渡すなり、したいことをすればいい。それでおまえが幸せになれるのなら、俺は本望だ。俺は――」 氷河がそう言って、瞬の手に短剣を握らせます。 「俺は、裏切られてもいいんだ」 氷河は瞬の手に短剣を握らせたまま、瞬の唇に彼自身の唇を重ねてきました。 瞬に抗う力なんてあったでしょうか。 そんな力も意思も、瞬は持っていませんでした。 瞬は氷河に渡された短剣を床に捨て、しがみつくようにその手を氷河の背にまわしていったのです。 二人はその夜、同じ部屋で過ごしました。 そして、翌日、奇跡が起こったことを知ったのです。 |