「氷河、どうしたの?」
腰をおろしていたソファから、ふいに蒼白な顔をして立ち上がった氷河に、瞬が首をかしげて尋ねてくる。

「瞬……いや、瞬さん、話を聞いてくれ」
「どうしたの、瞬さんなんて……。また変なゲームでも思いついたの?」
氷河の焦慮に気付いた様子もなく、むしろ楽しそうに、瞬は氷河の側に歩み寄ってきた。
氷河の胸に手を置き、顔を上向かせて、目を閉じる。
瞬が求めているものが何なのかは疑いようもなかったし、その誘惑に屈したい気持ちも皆無ではなかったのだが、氷河は瞬の肩に手をかけてその身体を押し戻した。

「俺は氷河じゃない」
「氷河……?」
瞬が、当然のことではあるが驚いた顔になる。
それはそうである。
氷河とて、この瞬が彼の見知っている瞬とこれほど極端に違っていなかったなら、瞬ごと この世界そのものを受け入れてしまっていたのかもしれないだから。

「いや……だから、俺は、この世界の氷河じゃない。君の氷河じゃないんだ」
「氷河が氷河でなかったら誰なの」
「だから、俺は――」
「もう、そんな意地悪やめて、早く」

氷河の考えは、この世界においては、まだまだ甘すぎるものだったらしい。
瞬が求めているものは、キスの一つや二つどころではなく、それ以上のことだった。
つい1時間前に『夕べ、あんなにしたのに』と、氷河の屹立しかけたものに呆れていた瞬が、もうそれを求めている――のだ。

瞬の手が氷河の太腿の間に忍び込んでくる。
その手はゆっくりと這うように上に移動し、やがて氷河のそれに触れようとした。
これは本当に氷河の知っている瞬ではない。

「やめろっ!」
氷河は、見知らぬ瞬の手を、不快な虫を取り除くように乱暴な所作で払いのけてしまっていた。






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