これ以上二人きりでいると、この瞬を徹底的に傷付けてしまう。
そう悟った氷河は、“氷河”に手ひどい拒絶を受けて呆然としている瞬を引っ張って、階下のラウンジに向かったのである。
そこには彼等の二人の仲間がいた。
そして、その存在は、何はともあれ、瞬が撒き散らす艶めいた空気を打ち消してくれるものだった。
氷河は、この二人の存在意義を初めて自覚し、彼等がこの場に存在することに心から感謝したのである。


「違う世界、ねぇ」
「古典SFの読みすぎじゃないのか」
その、得難い存在であるところの二人は、氷河の説明を聞いても、すぐには彼の話を信じてくれなかった。

「僕の氷河はどこ」
ただひとり、瞬だけが、氷河の言葉を信じている。
今 彼の目の前にいる男が彼の氷河でないことを、瞬だけがわかっているようだった。
そして瞬には、自分の恋人でない男が置かれている状況など どうでもいいことだったらしい。
「僕の氷河を返して」
瞬は氷河に、自分の要求だけをまっすぐに突きつけてきた。

「そんなことを言われても――」
氷河こそが帰りたかったのである。
彼の瞬の許に今すぐ飛んで帰り、あの涙のさざ波で揺れている瞳を晴らしてやりたかった。

「僕、氷河と一緒じゃなきゃ眠れないのに、氷河がいなかったら、僕、今夜から一人でどうすればいいの」
瞬にそんなことを言ってもらえるほど恵まれた氷河がこの世に存在する事実を羨ましいと思う余裕さえ、今の氷河にはなかったのである。

「おまえ、氷河と同じもん持ってるんだろ。代わりに瞬と寝てやれよ」
瞬への返答に窮してしまった氷河を見兼ねたらしい星矢が、とんでもない打開案を提示してくる。
「そんなことができるかっ!」
と氷河が怒鳴り終わる前に、
「僕は僕の氷河じゃなきゃ やだっ!」
瞬の断固とした拒絶の言葉がラウンジ内に響き渡った。

氷河は――実を言うと、少々意外の感を覚えたのである。
この世界の瞬は、そちら方面のことに非常に積極的で、行為ができさえすれば相手は誰でもいいのではないかと思えるほど――過剰に艶めいていた。
それが、思いがけないほどの この貞節。
氷河の驚きを非難することは、誰にもできないだろう。

その操堅い瞬が、氷河に情け容赦のない言葉を叩きつけてくる。
「僕の氷河はこんな朴念仁じゃないんだからっ! 僕の氷河は、僕がしょんぼりしてたらすぐにキスして抱きしめてくれて、僕に恥をかかせることなんて絶対にしなかった! こんな乱暴で気の利かない氷河に、僕の氷河の代わりなんかできるわけないでしょっ!」
その指摘を事実として受け入れる以外の術がなかっただけに、氷河はその言葉に少なからぬ衝撃を受けたのである。

「あー……まあ、その、何だ」
「瞬にその気がないのなら、本物の氷河にだってそういう振舞いに及ぶことは不可能だから」
「おまえら二人のことは、おまえら二人で解決してくれ」

本気で怒れる瞬に敵う者は、この世界にも やはり存在しないらしい。
怒れる瞬と戸惑う氷河をその場に残し、星矢と紫龍はそそくさとラウンジを出ていってしまったのである。
彼等は、SFにも友人の痴情沙汰にも 全く興味がないようだった。






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