星矢と紫龍の判断は的確だったかもしれない。 氷河が自分の氷河ではないと知ると、瞬は、全身にまとわりつかせていた蠱惑の空気を綺麗さっぱり消滅させた。 発情期が過ぎて憑き物が落ちた猫のように、その転身は見事かつ鮮やかだった。 そして、そういう状態になると、この瞬はやはり氷河の瞬に似ていた。 その手の欲望を覚えることに罪悪感を抱かせる、氷河が見慣れた あの瞬に。 「あなたの世界に僕はいないんですか」 氷河との間に見えない空気の壁を作った瞬が、高潔そのものの顔と口調で尋ねてくる。 その瞬の前で、氷河は、この異世界にやってきて初めて、心身共に落ち着くことができたのである。 今 彼の目の前にいる瞬は彼の見知っている瞬に酷似しており、それでいて彼が恋情や性的欲望を覚える瞬当人ではないのだから、氷河が自身の中にくつろぎと冷静さとを共存させることができるのは当然のことだったかもしれない。 「いる」 「あなたはあなたの世界の僕を好きじゃないの」 「好きだ」 「なのに、あなた、あなたの世界の僕に何にもしてあげないの」 氷河は何も悪いことはしていない――はずなのだが、瞬の口調は完全に氷河をなじる者のそれだった。 渡さなければならない贈り物を、受け取る権利を有する相手に手渡そうとしない贈り主を責め咎める口調だった。 「したいのはやまやまだが――俺の瞬は、何というか、その……異様に潔癖で堅物なんだ」 言ってしまってから、悲しくなった。 世の中には、 この甚だしい違いは、いったいどこで、何が原因となって生じたものなのかと、氷河はやるせない思いを抱くことになってしまったのである。 「……あなた、苦労してるんだね」 全く色気のない瞬に同情されて、 「ははははは」 氷河は虚しい笑いを室内に響かせた。 「君たちはどうやって、その……そういう仲になったんだ」 自分にはうまくできないことを、朴念仁でない氷河はどんなふうにしてやり遂げたのか――。 そんな場合ではないことはわかっていたのだが、氷河はどうしても、その興味深い謎について瞬に尋ねてみずにはいられなかったのである。 氷河をその気にさせることをやめてしまった この世界の瞬は、澄みきった水のように清潔な様子をしていて、それは、彼の瞬の持つ雰囲気に通じるものがあった。 その瞬が、彼にとっては謎でも何でもないことを尋ねてくる氷河に首をかしげてみせる。 「どうやって……って、見たらわかるでしょ。こう、二人で見詰め合ったら、互いが何を求めてるのか、すぐにわかる。僕たちはわかったよ」 「…………」 事は、本当にそんなにも容易に成就されるものなのだろうか。 疑いの念を抱かなかったといえば、それは嘘になるのだが、氷河は瞬に対して正面から異を唱えることはできなかった。 そんなにも簡単にできる試みをすら、氷河は実行してみたことがなかったので。 「俺は――」 「あなたは?」 「俺は、瞬と目が合うとすぐに逸らしてしまうんだ」 「ばっかみたい!」 吐き出すように、瞬が言下に言い切る。 氷河は返す言葉もなかった。 |