「じゃあ、どうすればいいか考えよう。どうせ僕も、僕の氷河が帰ってくるまで暇だし――あなたがここにいると、僕の氷河が帰ってきてくれないような気がする」
この世界の瞬は、氷河が元いた世界の瞬よりも、少しばかり建設的かつ前向きのようだった。
些細な選択ミスに思いを馳せて表情を曇らせ始めた氷河に、彼は極めて楽天的な口調で提案してきた。

「暇……って、君たちは聖闘士じゃないのか」
「聖闘士だよ」
「なのに暇なのか」
氷河の疑念は当然のことである。
彼の瞬はいつも、どこででも――闘いのない時にも、闘いのない場所ででも――闘いの無意味を考え、かつての闘いを後悔することに忙しく、暇でいることなどほとんどなかったのだ。

「僕、強いんだよ。闘いはさっさと済ませることにしてるんだ。人間は闘うために生まれてきたんじゃなくて、愛し合うために生まれてきたんだって、ソフォクレスも言ってるでしょ。だから僕は無駄なことに時間を使いたくない。僕は少しでも長く氷河と一緒にいたいんだ。もちろん戦場じゃないところで」
「…………」

二人の瞬の根本は同じなのかもしれない。
だが、やはり、二人の瞬は違っていた。
こんな考え方をする瞬は“俺の瞬”ではないと、氷河は思った。
そして、だがとても魅力的でもある――とも。

「俺の瞬は、闘いが嫌いで――いや、人を傷付けるのが嫌いで、闘いが始まっても、敵を傷付けずに争いを済ませられないかと、そればかり考えていて――結局、闘うんだがな。そして、必ず勝つんだがな」
そんな瞬に焦れたこともある。
だが一方で、その迷いのない瞬は瞬ではないとも思う。
――氷河は、そう思っていた。

「僕もそうだったよ。でも、氷河が教えてくれたんだ。僕たちは――」
「愛し合うために生まれてきた?」
「そうだよ。だから、僕は迷うのはやめた。僕が迷ってると、氷河が心配するから。だから、僕は、敵に出会ったら最初から全力で闘って、立ち上がれなくなる程度に 手早く叩きのめす。力を信じてる人は、完膚なきまでに負けると大抵おとなしくなるね」

「おとなしくなるか? 力を信じている者がその力で負けたら、プライドを傷付けられて、そのプライドを守るために悪あがきを始めるものだろう」
「プライド? バトルで負けたことで負う心の傷なんて大したことないよ。そんなの、簡単に癒せる傷でしょ。生きてさえいたら」
「それはそうだが――」
この瞬は、恐ろしくドライだった。
それでも人の命を奪うことだけは避けようとするところが、瞬らしいといえばいえる。

「僕、闘うことが大嫌いなんだ。楽しくないし、つまらないし、くだらないし。氷河と抱き合ってる方がずっといい」
ドライな瞬はあっさりとそう言い切り、さっさと話題を変えてきた。
彼は心底から闘いを俗悪なものと決め付け、そういうことより色恋沙汰の方がはるかに重大事だと考えているようだった。

「そんなことはどうでもよくて! ね、目を逸らさないことだよ。そうすればわかるし――氷河の青い瞳に見詰められて くらくらしない僕なんてきっといないはずだから、自信持って」
「――俺は朴念仁で、君の氷河のように、瞬の前で自信家ではいられない。話したいことも話せなくなって、つまらないことばかり――それこそ、君の嫌いな闘いのことやそんなことばかり話し始めてしまうんだ」

「でも、そんなことになっちゃうのは、あなたの世界の瞬の関心がそこにあるからで、あなたがあなたの瞬を大切に思ってるからでしょ。僕となら、こんなふうに平気で、“瞬”をモノにするための方法なんか話してられるんだから、あなたが“話せない”わけじゃないよ」
「…………」

彼の言う通り、なのかもしれなかった。
瞬の心の中にある迷いを消し去ってしまってからでないと、瞬と恋を語ることはできないのだと、氷河は確かに思い込んでいた。

「でも、ほんの数分だけでいいから闘いのことなんか忘れて、あなたの瞬に、『欲しいものはない?』って、訊いてみて。目を逸らさずにね。僕は――瞬はきっと、氷河が欲しいって答えるから。絶対。僕が保証する!」

真剣な眼差しで身を乗り出しながらそう言い切る瞬の様子を見た氷河は、我知らず口元に微笑を刻んでいた。
この瞬は、ドライではあるが冷たくはない。
こんな瞬をその手に抱きしめていられる氷河は、さぞかし毎日を楽しく過ごしているのだろうと、氷河は会ったことのないもう一人の自分を羨んだ。

「それはどうかわからないが、とにかく、君の手に君の氷河を取り戻させてやりたい、とは思う」
「ありがと。気が利かなくても氷河は氷河だね。やっぱり優しい」
ドライで優しい瞬は、一言余計な瞬でもあった。
自分が余計なことを口にしてしまった自覚があるのかないのか――なさそうだったが――瞬は、その大きな瞳でまっすぐに氷河を見詰めてきた。

「こうなったきっかけがあるはずでしょ。夕べ、何かいつもと違ったことはなかったの」
氷河は目を逸らさずに、その瞳を見詰め返した。






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