「瞬と喧嘩をしたんだ――」
昨夜あった、いつもと違うこと――。
わざわざ思いだすために記憶の糸を辿るまでもなく、それはずっと氷河の胸の中でわだかまり続けていたことだった。

瞬と言い争いをしたのは、あれが初めてだったかもしれない。
それは喧嘩というにはあまりに一方的ないさかいで、氷河がひとりで勝手に苛立ち、声を荒げただけのものではあったのだが。

氷河にしてみれば思い煩うほどのことではない問題をいつまでも気に病み、失われた命をいつまでも惜しみ続け、そのせいで自分を見てくれない瞬に憤り――そして、氷河は瞬に言ってしまったのだった。
『俺に構うな!』
――と。
途端に瞬の瞳に涙の膜がかかり、瞬の瞳は水底に沈むように遠くなっていった――。

その言葉を口にしてしまってからすぐに、もちろん氷河は自分の無思慮な発言を後悔したのである。
――本当に心から後悔した。
しかし、声に出してしまった言葉は消し去れない。

「なぜこうなってしまうのかと憤って……。そう、そして、瞬が君みたいな瞬だったらどんなにいいだろうと思ったんだ。終わってしまった闘いのことなどさっさと忘れて、俺だけを見てくれる瞬だったらどんなにいいだろうと。そんなこと、これまで一度も考えたことはなかったのに。いや……考えたことなどないつもりでいただけだったのかもしれないが」
それでも、言葉や表情に出したことはなかった――のだ。
瞬のために、そんな思いは隠し通していた。

奥歯を噛みしめるようにして、氷河は、自分の発した言葉を改めて悔いた。
なぜ昨夜に限って、いつもの抑制が効かなかったのか。
氷河には得心がいかなかった。






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