彼が再び氷河の前に姿を現したのは、それから2ヶ月後。 氷河がシュコールを卒業したその日のことだった。 彼は一つの知らせを氷河に運んできた。 氷河の祖父が1週間前に亡くなったという知らせを。 抱きしめてもらったことはおろか、言葉を交わしたことも頭を撫でてもらったこともない祖父の死に、悲しみの感情は湧いてこなかった。 肉親がいないのなら、ロシアの地を離れる意味もない。 氷河は、わずらわしい問題が一気に解決したような気分にさえなったのである。 「血縁もいなくなったわけだし、これで俺が日本に渡る意味も必要もなくなったわけだ」 それまで、彼の雇い主の生前と何ら変わらないことばかりを――遺産を受けとることで氷河が得られる経済的恩恵ばかりを――語っていた弁護士が、氷河のその言葉を聞いて、思いがけないことを口にする。 「ですが、日本には氷河様のお従弟様がいらっしゃいます」 「いとこ?」 この弁護士と話をするのは、今回が3度目だったが、彼がその事実に言及したのは、これが初めてだった。 財産の行方と親族の有無。そのどちらが より優先されて遺族に知らされるべきことだろう。 遺産相続の話のついでのように従弟の存在を知らされて、氷河は呆れ果ててしまったのである。 「あなたの伯父君――お父様のお兄様のご子息です。伯父君は、あなたのお父様の死に1年ほど先立ってお亡くなりになりましたが、ご子息をお一人残されました。あなたより2つ年下で、あなた同様、お母様も既に鬼籍に入っております。ただ一人の肉親であったお祖父様を亡くされて、今はお一人。日本で、従兄であるあなたのお越しを心待ちにしておいでです」 自分と同じように幼くして両親を失った、ひとりぼっちの従弟。 氷河は結局、情に負けて――その事実を認めたくはなかったのが――渡日を決意したのである。 |