氷河は瞬に反感を覚えていいはずだった。
瞬は――瞬こそが、氷河には 不気味な子供としか思えない あの物語の主人公にそっくりだったのだから。

外見が実際の年齢より幼く見えるせいもあるのだろうが、瞬は、あの 人たらしの小公子のように、誰にでも愛されるような親しみやすさを持った少年だった。
その上、瞬は、たとえ氷河が彼に敵意や害意をぶつけていったとしても、それに反発せず、そういったマイナスの感情を自分の内に吸収し消滅させてしまうような柔軟さを持っていた――持っているように、氷河には見えた。

確かにモンゴロイドで、日本人の中にいて違和感を覚えるような造作はしていなかったが、日本人らしいわけでもなく――男らしくも女らしくもなく、大人らしくもなければ、子供らしくもない。
少年らしい無鉄砲さがなく、かといって、思春期の少女のように内向的なわけでもない。
子供のように大きな瞳は、その奥に 成人した大人が持つ理知の色を潜ませている。

瞬は、要するに、“らしさ”というものが全くない少年だった。
“何か”に分類できない。
彼は、対峙する人間に、彼に反発しても無駄だと思わせるような感触を備えた少年だった。

血縁(使用人でない)ということもあるのだろうが、日本に来て初めて 情のこもったもてなしや思い遣りというものを瞬によって示された氷河は、すぐに瞬という存在を自分に近しいものとして受け入れることになった。
瞬は、他人に警戒心を抱かせない雰囲気を持った人間だった。

「同じ城戸の血を引くものでありながら、僕だけがずっと何不自由のない生活をしてきて――」
『ごめんなさい』と続いていたら、氷河は瞬を嫌いになっていたかもしれない。
しかし、瞬が続けて告げた言葉は、
「だから、僕は氷河に意地悪されることを覚悟してたんだけど、氷河はどうするつもりですか?」
――だった。
いじめるつもりなど最初からなかったが、こう切り出されては、改めていじめを計画することもできない。

氷河が瞬に、小公子に対して抱くような反発を覚えることがなかったのは、おそらく、瞬が善良なだけの“いい子”ではなかったからだった。
瞬は、“天使のような”小公子とは違い、悪意の存在を知っていたのだ。

「それはおまえが望んだことでも、おまえが選んだことでもないだろう。俺は、そんな逆恨みで従弟いじめをするほど馬鹿じゃない」
「……氷河がそう考えることができるのは きっと、氷河がご両親に愛されて――愛されていた記憶があるからだね。よかった。僕が思っていたほど氷河は不幸ではなかったんだね」
唇で微笑みの形を作りながら そう告げた瞬の瞳は、だが、真冬の東シベリア海のそれよりも凍てついた色を呈している。

それが――氷河が 瞬という存在に違和感を覚えた、最初の一瞬だった。






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