氷河と瞬の祖父は、無論、節約と貯金で巨万の富を得たわけではなかった。 彼はいくつもの企業の代表権を持った経営者だった。 が、死の直前の数年の間に、彼は、彼の親族と企業間で経営統帥権の継承をめぐる争いが起きないように、すべての始末をつけていたらしい。 企業の後継者には親族でないものを指名して株主総会での承認をとりつけ、その後 財産のほとんどを分割可能な動産・不動産に変え、企業の経営そのものからは完全に手を引いていた――という話だった。 氷河と瞬は、いかなる義務も伴わないそれらの遺産を二分の一ずつ相続し、二人が成人するまでは未成年後見人がつくことになっているらしい。 「麻森さんが必死だったのは、氷河に相続放棄なんかされると、彼が貰えることになっている後見人報酬が僕一人分になっちゃうからだよ。氷河はすぐに成人するから、麻森さんは氷河に関してはすぐにお役御免になっちゃうけど、氷河が何も問題を起こさなければ、椅子に座っているだけで、麻森さんの事務所には数百万の謝礼金が転がり込むわけだからね。麻森さん、跡継ぎの息子さんが司法試験を落ち続けてて、色々大変みたい」 瞬は、実に冷静かつ客観的な見解を、同情に耐えないという顔をして、氷河に告げた。 その発言と表情の矛盾は、瞬が心優しい人間なのか冷徹な人間なのかの判断を、殊更困難なものにする。 瞬はその資性がわからず、非常にとらえどころのない人間だった。 おそらく、瞬に対峙した人間は皆、似たような戸惑いを覚え、だが、結局その戸惑いは悪感情よりも好感に傾くのだろうと、氷河は思った。 他の誰でもない、彼自身がそうだったから。 「誰にでもそれぞれ事情があるというわけだ。あの糞ジジイにも、息子を見捨てなければならない事情があったのかもしれないな」 「え……?」 氷河が何気なく――あまり深い考えもなく――そう返すと、瞬は突然 驚いたように瞳を見開いた。 それから、ゆっくりと瞼を伏せ、小さな声で呟く。 「氷河は本当に……愛されて育ったんだね」 「なに?」 瞬が、自分の言葉のどこから、そういう結論を得るに至ったのか、氷河はまるで得心がいかなかった。 そして、日を追うにつれ、氷河が瞬に感じるとらえどころのなさと違和感は大きくなっていった。 とはいえ、氷河は、決してそれが不快なわけではなく――不快でないことが、氷河は不思議でならなかったのである。 |