瞬は親切で、どちらかといえば物静かな少年だった。
だが、消極的なわけではない。
人当たりがよく、ユーモアや皮肉を解する知能とセンスも持ちあわせている。
細やかな気配りができ、それが鬱陶しくもなく、共にいることが恐ろしいほど心地良い人間だった。

自分がそう感じる原因は、瞬が自分の血縁だから――というのではないように、氷河には思われた。
おそらく赤の他人でも、瞬の側にいることは心地良いだけの行為に違いない。
こんなに気に障る部分のない人間に接するのは、氷河は瞬が初めてだったのである。
瞬は、存在を主張しすぎない暖かい空気のように――どこか出来すぎな人間だった。

瞬の方が自分よりよほど、どんな頑なな人間の心をも溶かしてしまう あの小公子に似ている。氷河が瞬にそう告げると、瞬は、その意図や感情の捉えにくい独特の表情を作って、氷河に尋ねてきた。

「氷河はセドリックが嫌いなんでしょ? 氷河にとって僕は信用ならない子供?」
「…………」
氷河は、問われてすぐに答えを返すことができなかったのである。
瞬の言う通りだからではない。
それは、出会って間もないこの従弟を、いつのまにかすっかり信用してしまっている自分自身に気付き、その事実に驚いたからだった。

氷河は、瞬の人となりを正確に把握しきれている自信がなかった。
そんな とらえどころのないものを信じるとは、いったいどういうことなのだろう?
氷河は自分が、小公子にたらしこまれたドリンコート伯爵のように思えてしまったのである。

「……セドリックって、どうしてあんなにいい子だったんだろうね。悪意がなくて、みんなに愛されて、大人の理想通りの子供。自分では何もしないくせに、いつのまにか世界のすべてが彼に良いように動いてて――」
相変わらず、瞬の発言の真意は汲み取りにくい。
氷河は、瞬がセドリック・エロルを好きなのか嫌いなのかさえ、判断できなかった。

「おまえはそういう子供が好きなのか」
「……つらかったんだろうなって思うだけ」
「つらい?」
そんなことを、氷河は考えたことがなかった。
人間にも神にも愛されるだけの子供――愛されるしかないだけの子供――に、どんなつらいことがあったと言うのだろう。

「俺は、あの小公子は嫌いだが、おまえは好きだぞ」
瞬にとらえどころがない分、そのとらえどころのなさに反発・・するように、氷河の意思表示は明瞭になる。

氷河にそう断言された瞬は、一瞬身体を強張らせた。
あの大きな瞳が見開かれ、それが徐々に泣きそうな表情に変わる。
いったい瞬はなぜそんな顔になるのかと訝る氷河に、瞬は、
「そんなこと言っちゃだめ」
と、僅かに眉根を寄せて苦しそうに呟いた。






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