「あ……あの、こ、これっ、僕が作ったお弁当なんですけど、よかったら食べてくださいっ!」

『飛んで火に入るなんとやら』と、氷河の3人の婚約者たちが視線で合図を送り合ったことに、瞬はもちろん気付かなかった。
始業の1時間も前から校門の横で氷河の登校を待ち続けていた瞬は、彼の姿を見落とさずに発見できたことに安堵し、また緊張もしていたので、彼の横にその3人がついていることさえ認識できていなかったのである。

瞬が顔を伏せるようにして氷河に差し出したランチボックスの入ったピンク色のポーチを 横から奪い取り、開口一番、
「今時、手作りおべんと! だっさーい!」
と言い放ったのはエリスだった。
「ださいって言葉がださいわよ」
ナターシャが、そんなエリスをたしなめる。

「あの……」
想定外の展開に戸惑って 伏せていた顔をあげた瞬に、フレアがにっこりと 見事に棘を隠し切った微笑を向けてくる。
「これは受け取れないわよ? 今時流行らないっていうのもあるけど、見知らぬ人から手作りの食べ物を渡されても、このご時世、危なくて食べられないでしょう?」

「あ……危なくて?」
「ええ。だって、このお弁当に毒が入っていないって、誰が保証してくれるの?」
「どうしてそんな……毒なんて入れるはずが――」
それは瞬には理解できない考え方だった。
しかし、瞬の目の前に立つ3人の上級生は、それはごくごく常識的な考えであり、また当然の用心である――と確信している顔である。
瞬は戸惑い、返答に窮した。

「氷河のことだから、いつどこで誰にどんな恨みを買っているか わからないし? 毒でないにしても、雑巾を洗った水で炊いたご飯とか、賞味期限切れの食材を使って作ったお惣菜とか、そんなものでできたお弁当かもしれないでしょう?」
「僕、そんなこと――」
「誤解しないでね。私たち、意地悪で言ってるんじゃないの。あなたの方が非常識なのよ」
「そうそう。今はそういう用心が当然の世の中なんだから」
「世間の常識を知らないと、悪気がなくても周りに迷惑をかける困ったちゃんになっちゃうわよ?」

三方から畳み掛けられるように非常識を責められて 身の置きどころをなくした瞬は、その身体を縮こまらせた。
瞬のその様子にさすがに哀れをもよおしたのか、それまで無関心を装い無言でいた氷河が、ぶっきらぼうに口を挟んでくる。

「そのあたりでやめておけ」
「あら、氷河。こんな非常識な子を庇うの」
「泣かれでもしたら、鬱陶しいだろう」
瞬を泣かせたのは、氷河の3人の婚約者が提言する“常識”ではなく、氷河のその無感動な口調の方だった。

瞬の瞳から はらはらと零れ落ち始めた涙を認めた3人が、揃ってにっこりと微笑う。
「あら、どうして泣くのかしらー?」
「私たちは親切心から常識を教えてあげただけなのに」
「涙を武器にする子って、嫌われるのよね〜」

瞬とて泣くつもりはなかったのである。
彼女たちの主張が間違っていないことも、瞬にはちゃんと理解できていた。
それでも、勝手に溢れ出てくるものは仕方がない。
それは、意思の力で止められる種類のものではなかったのだ。

いずれにしても、いつまでも氷河の視界の内に“鬱陶しい”ものをさらしておくわけにはいかない。
その鬱陶しいものを氷河に見られないように顔を伏せると、瞬は、
「すみませんでした……!」
なんとか それだけを言って、その場から駆け出した。
ピンク色のポーチごと、ランチボックスをエリスの手に残したままで。

「……おまえら、ほどほどにしておけ」
「お約束通りの反応。つまんない子ね」
本気で責める気のない氷河に、彼女たちはもちろん、反省の色など見せもしなかったのである。






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