「心配かけられるのが嫌いなんて言いながら、俺に心配ばかりかけるんだな、おまえは!」
氷河が怒っているのは、瞬が行くことになった修行地がろくでもないところだと聞いたせいだった。
そこがたとえ楽園のような場所だと言われても、彼が泣き虫の瞬の身を心配することは変わらなかったろうが、間もなく瞬の向かう土地が地獄と大差ないところと聞かされた氷河の懸念は、ほとんど憤怒に近いものになっていた。

「僕は、ちゃんと聖闘士になって生きて帰ってくるよ。兄さんとも約束したし、氷河が心配なんてしなくても――」
氷河自身も生きて帰れるかどうかわからない場所に送られるのだということを、彼はわかっているのだろうかと訝りつつ、瞬は恐る恐る氷河に意見してみたのである。
「心配するなって言う方が無理なんだよ!」
途端に怒声が返ってくる。
瞬は、氷河の剣幕に驚いて身をすくませた。

「おまけに、おまえは俺の役を取っちまった! 心配するのはおまえの方で、大ピンチをぎりぎりのとこで切り抜けて、おまえに感激してもらうのが俺の役のはずなんだ。なのに――」
己れの力を信じ切っているのか、氷河は我が身のことは全く案じていないらしい。
彼は、そして、自分の力を確信するのと同じほどの強さで、瞬の非力を信じ、苛立っているらしい。
瞬としては、そんな氷河の前で ただひたすら恐れ入っていることしかできなかったのである。

氷河の怒りと苛立ちは、だが、やがて哀願に変わっていった。
「生きて帰ってくるんだぞ、瞬。聖闘士なんかにはならなくていい。生きて帰ってきてくれさえしたら、あとは俺が守ってやるから」
涙をこらえるように唇を引き結び、氷河は瞬に命じた。

彼はどうあっても、彼が好きだという相手に、その気持ちを証明せずには気が済まない――らしい。
その機会を奪われるかもしれないから――もしかしたら永遠に――彼は、この別離を悲しんでいるようだった。
瞬にはそうとしか思えなかった。
そして、氷河のそんな悲しみが、瞬には全く理解できなかったのである。


瞬はアンドロメダ島でのつらい修行を耐え抜いた。
瞬には理解できない氷河の悲しみや哀願のためにではなく、必ず生きて帰るという兄との約束を守るために。






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