この世界で最も大きく力強く白く美しい翼の持ち主。 瞬は疑いもなく、それは氷河だと思っていた。 だから、どうしてもわからなかったのである。 彼がその翼を捨ててしまった訳が。 この世界の住人は、望む限りいつまででも翼を持ったままでいられるというのに。 そこは緑したたる至福の園だった。 果樹は実をつけていない時がなく、花々は蜜をたたえていない時がなく、瞬はあまり好まなかったが、翼を持つ仲間たちの中には山羊の乳を飲んだり、乳からできるバターを舐めたりしている者も多いらしい。 翼を持ってさえいれば、それらのものは いつでも容易に手に入り、翼を持つ者は決して飢えることがない。 翼を持つ者たちには、それぞれにふさわしい花がひとつ与えられていて、彼等はその花を 翼を持つ者たちは、不幸を知らない。 彼等は、この世界を作った神の祝福を受けているのだ。 翼を持つ者が翼を失うということは、自分の好きなところに飛んでいく自由を失うことである。 翼がなければ、高い木の枝に実る果実をもぐことも、自分の家である花の上に飛びあがることもできない。 翼を持つ者がその翼を失うということは、この至福の園で生きていくことができなくなるということなのだ。 氷河は、翼を持つ者たちの世界で最も大きく美しい翼を持っていた。 瞬はそれが自慢だった。 氷河の翼があまりに美しいので、自分の翼の小さいことや非力なことも気にならない。 この世界で最も美しい翼の持ち主が自分の友人で、その友人が いつまでも一緒にいようと毎日自分に言ってくれることが嬉しくて、だから瞬は、この世界で最も美しい翼を持っている者は氷河だが、この世界で最も幸運な者は自分なのだと信じていた。 だというのに、2年前のある日、氷河の翼は失われてしまった。 昔は、河の向こうの世界に住む翼を持たない者たちが、飼い馴らした竜や巨大な鳥に乗ってこの世界にやってきて、しばしば翼狩りをしていたのだという。 河の向こうの世界からやってきた者たちは至福の園の住人から翼をもぎ取り、無理やり河向こうの世界に連れていったらしい。 しかし、その翼狩りの風習も絶えて久しく、今は、河のこちら側の住人はいつまででも翼を持ったままで終わることのない至福を享受していられる――はずだった。 氷河は、だが、誰に強要されたわけでもないのに、その翼を自ら捨て去ってしまったのである。 氷河の翼が失われ、彼が河向こうの世界に行ってしまってから2年の間、瞬の背中の純白の翼はずっと項垂れたままだった。 |