自由に好きな場所に飛んでいける翼、飢えも悲しみもない世界、そして生きて存在することに何の不安もない日々。 どうして氷河が自らそれらのものを捨てたのかが、瞬にはわからなかった。 ずっと一緒にいようと、あれほど固く誓い合っていたのに、氷河がその誓いを破ってまで仲間を捨てた訳がどうしても。 広い河の向こう岸に一人で立つ、白い翼を失った氷河。 翼を持つ者たちの世界では決して汚れることのない白い衣装は、日を追うごとに憂鬱な濃紺の色を増していく。 彼はもう、瞬と同じ世界の住人ではないのだ。 それでも彼は、なるべく瞬の姿の見える場所にいようと努めているようだった。 時折河岸から姿が消えるのは、食べ物を探しに行っているせいらしい。 河の向こうの世界では食べ物を手に入れるのも容易ではないのか、河岸に戻ってくるたび、氷河の手足には傷が増えていく。 たくましく変わっていく氷河にはもう、花びらのような白く軽い衣装は似合わない。 瞬は、氷河の変貌を絶望的な思いで見詰めていた。 「忘れた方がいい。もう氷河は別の世界の住人なんだ。永遠に幸福でいられるっていう約束の翼を自分から捨てた馬鹿な奴」 翼を持つ仲間たちにそう言われても、瞬は氷河の姿を望むことのできる河岸に毎日通わずにはいられなかった。 自分の翼を自ら捨てて 翼を持たない者たちの世界の住人になったというのに、氷河は彼の新しい同族たちに合流することもせず、毎日河岸に立って一人で瞬を見詰めてる。 そんな氷河の様子が、瞬は不思議で、そして悲しかった。 「氷河はどうして、あんなに綺麗な翼を自分から捨ててしまったんだろう。河向こうの世界では、あの綺麗な翼以上の何かが得られるの」 瞬は、時折河岸に遊びにやってくる仲間たちに訊いてみたが、その答えを知る者はひとりもいなかった。 誰かに尋ねるまでもなく、河の向こうの世界で氷河が翼以上の何かを得られたとは、瞬には思えなかった。 河向こうにいる氷河はいつも悲しそうだった。 今の彼の仲間は孤独のみ。 瞬は、河の向こう側から、瞬の背の翼を見て洩らす氷河の嘆息が風に乗って伝わってくるような気がした。 |