翼を持つ者と持たない者が出会える橋があることを瞬に教えてくれたのは、河の向こう側とこちら側を唯一自由に行き来できる知恵者のフクロウだった。 瞬の肩にとまったその鳥は、その橋の上でなら翼を持つ者と持たない者の言葉も通じるのだと言ってから、少し心許なげに首を右側にくるりと回した。 「ただ、飛ばずに歩かなければならないんだ。ここから河に沿って、太陽が沈む方向に。その間、君は決して翼を使ってはいけない。そうして、君が山葡萄の蔓をなめして作ったサンダルを3つ履きつぶした場所に、黒い翼を持ったこの国の番人がいる。彼に頼めば橋を架けてもらえる――んだが、ほとんど歩いたことのないこちらの世界の者には、そんなに歩き続けることはとても耐えられないと思うよ」 知恵者のフクロウは、もしかしたら瞬を諦めさせるためにそんなことを言ったのかもしれなかった。 だが、瞬はどうしても、氷河に、彼が翼を捨てた訳と、いつまでも一緒にいようという約束が失われた訳を訊きたかった。 だから瞬は、一瞬も迷わずにその橋を目指すことを決意したのである。 その日瞬は、夜までかかって山葡萄の蔓をなめして、サンダルを作った。 緑色のサンダルは、これまで履き物など履いたことのない瞬の足に重りのように絡みついてきたが、それでも瞬の決意は変わらなかった。 そうして翌日、瞬は日の出と同時に歩き始めた。 西に向かって。太陽の進む方向に。 これまでほとんど歩くということをしたことのない瞬の足は、その日の太陽が中天に達する前にずきずきと痛み出し、瞬は幾度も河の水に足を浸して その痛みをやわらげなければならなかった。 翼を使えば ひと飛びの距離を進むのに、瞬は半日も歩き続けなければならず、瞬はすぐに太陽に追い越されてしまった。 翼を使うことができないので、高いところにある果実を手に入れることも、高く伸びた花に飛びあがって蜜を吸うこともできない。 たまに見付かる野いちごが、瞬が食べることのできる唯一のものだった。 それでも瞬は氷河に会いたかった。 彼と話がしたかった。 もはや叶わぬ夢なのかもしれなかったが、彼の大きな翼に包まれる時にいつも感じていた あの安らぎと幸福感を、瞬は取り戻したかった。 永遠に楽しく暮らせる世界を捨てて、なぜ氷河はそれが許されない場所にひとりで行ってしまったのか、瞬はせめてその答えだけでも知りたかったのだ。 広い河の向こうでは、瞬を見守るように、氷河もまた西に向かって歩いていた。 その姿を見ていることができるだけになおさら、彼の側にいられないことがつらい。 氷河と言葉を交すことのできない切なさと足の痛みを忘れるために、瞬は考え続けた。 河の向こうの世界には、氷河のあの美しい翼以上に素晴らしい何かが 本当に存在するのか。 不安のない日々より価値があり、この世界に生まれた時からずっと一緒だった仲間よりも大切な何かが? そして氷河はそれを手に入れることができたのか。 何より氷河は今幸福なのか、自分のしたことを後悔してはいないのか――。 瞬の中に生まれてくるのは疑問ばかりだった。 その答えは、やはり、氷河自身に確かめなければ手に入らない。 だから、瞬は歩き続けるしかなかった。 |