一足目のサンダルを履きつぶしたところで、瞬は銀色の翼を持つ楽園の番人に会った。
彼は瞬に、どこに向かっているのかと問うてきた。
「河の向こうの世界の人と会える橋のある場所に。僕は氷河に聞きたいことがあるの」
河向こうにいる氷河を指差して、瞬が答える。

瞬が指し示した指の先にいる翼を持たない者の姿を見やり、銀色の翼の番人は気の毒そうに呟いた。
「ああ、彼は一人であちらの世界に行ったのか。一人であちらに行くのはつらかったろうな」
「河の向こうに行く人は多いの? でも、どうして? 河の向こうに行くと、何が手に入るの」
「河の向こうに行けば、過去と現在と未来が手に入る」
「過去と現在と未来?」

それは瞬にはよく理解できない概念だった。
瞬はこれまで、“時間”というものをあまり気にしたことがなかったので。
昨日と今日が違うことはわかるが、翼を持つ者には、昨日と今日の内容はほとんど同じものだったのだ。

怪訝な顔になった瞬に、銀色の翼の番人は軽く頷いてみせた。
「こちらの世界では、“今”だけが永遠に続く。幸福で楽しい“今”だけが永遠に続くんだ。だが、“今”は決して変わらない。100年経っても同じ“今”だ。河の向こうの世界に行けば、その無為から逃れられる」

彼の言うことが、瞬にはやはりよくわからなかった。
瞬の反応に鈍さに苛立ったのか、銀色の翼の番人が僅かに嘲るような目になる。
「おまえたち翼を持つ者は、いつでも甘い果実や花の蜜が手に入る。それらは神によって与えられるものだ。こちらの世界の住人は神に愛されているからな。だが、あちらの世界では、自分で種を植えて育てなければ それは手に入らない。種を育てるのに失敗することもある」

「どうして氷河はそんな世界に行ってしまったの」
「おまえはこちら側の世界にいれば安楽に生きていられるんだから、そんなことはどうでもいいではないか。地べたで眠るのはつらいだろう。おまえに与えられた花のあるところに戻った方がいい」
「でも、僕は氷河の気持ちが知りたいんだ」

銀色の翼を持った番人は、どうやら瞬のしていることを無駄なことだと思っているらしい。
あるいは彼は、目的の場所に瞬は辿り着くけないと考えているのかもしれなかった。
彼は、与えられた場所に戻った方がいいと、重ねて瞬に言った。
それが最もおまえにふさわしい幸福だから、と。

だが瞬は、彼の忠告を振り払って二足目のサンダルを履き、再び歩き出したのである。
瞬は氷河に会いたかったから。
その気持ちは、瞬自身にも抑えようのないものだったから。






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