満月






読書の秋にして芸術の秋。
日ごとに日没の時刻は早くなってきているはずなのに、なぜか夏場よりも長く感じられる秋の午後。

その日、城戸邸のラウンジで氷河と瞬を出迎えたのは、星矢と紫龍の笑い声だった。
あまり芸術的とは言い難い、しいて擬音を用いて表すならば「げらげら」という類の、いわゆる嘲笑と呼ばれるものである。
その横では沙織までが苦笑いを浮かべていた。
笑い声は二人がラウンジに入る前から廊下にまで響いていたので、氷河と瞬がその笑いの原因ではないようだったが、二人の登場が 星矢たちの笑い声をより一層大きなものにしたのもまた厳然たる事実だった。

「なに? 何かあったの?」
そう尋ねた瞬に、どうあっても自分の笑いを抑えることができないらしいていの星矢が、縦にとも横にともなく首を振る。
そして星矢は、やはり笑いながら瞬に告げた。
「俺、今日、星の子学園で無茶苦茶面白い絵本見付けてきたんだ。すげー情けない王子サマの出てくる話」

そう言って星矢が氷河と瞬の前に差し出したのは『沼の中のハイノ』と題された、A4変形版の絵本だった。
アーサー・ラッカムが描くウンディーネに雰囲気の似た絵の表紙、著者はリヒャルト・レアンダーとなっている。

瞬はその童話作家の名を知らなかった。
無論、『沼の中のハイノ』なる物語に触れるのもこれが初めてである。
そして、表紙の絵を一見した限りでは、それは決して笑いを誘う種類の物語であるようには見えなかった。
「おまえたちはこの本をぜひ読むべきだ。星矢がわざわざ星の子学園から借りてきてくれたんだからな」
紫龍の推薦の辞――ではなく、幻想的な表紙の絵に引かれるように、瞬はその絵本に手を伸ばし、受け取った。
いつもの長椅子の右端に腰をおろし、自分の膝の上に問題の絵本を置く。
やはり定位置に落ち着いた氷河にも読めるよう、絵本の位置を少しばかり左にずらしてから、瞬はその絵本のページを開いたのである。

それは、青い目をした貧しい娘とハイノという名の王子の物語だった。






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