“支障”は夜だけのことではない。
そして、氷河と瞬の声の入れ替わりがもたらす弊害は、氷河と瞬だけのことでは済まなかった。

「星矢。食べたあとのおやつの袋やペットボトルをそのへんに放っておくのはやめて」
「おまえにだけは言われたくねーぜ。おまえだって、毎日、脱いだ服とかそこいらへんに投げておいて、いつも瞬に叱られてるくせに――うわっ、瞬!」
氷河(の声)に、だらしない生活態度を注意された星矢は、いつもそうしているように、氷河(の声)に逆らった。
そして、彼は、鬼神のごとく眉を吊りあげた瞬に険しい目で睨みつけられることになったのである。
星矢は一時、俺の命もここまでかと、本気で覚悟を決めた。

更に その1時間後、星矢は今度は瞬の声に怒鳴りつけられることになった。
「星矢っ。貴様、俺のパソコンにくだらない落ちゲーをインストールしたな! ハードディスクの容量不足で、作りかけていた俺のプログラムがハングアップの憂き目に合ってしまったじゃないか!」

先ほどの瞬(=氷河の声)の場合とは異なり、今回は星矢は正面から――つまりは顔を対面させて――氷河に難詰された。
だというのに、星矢はつい、
「えっ、そんなことになったのか? すまん。悪かったー!」
と、氷河に向かってぺこぺこ頭を下げてしまったのである。
星矢の行為が氷河に迷惑をかけたのは事実であり、星矢の謝罪は至極当然のことではあったのだが、星矢のその反応に氷河は驚いた。
そして、尋ねた。

「貴様、なぜ素直に謝るんだ」
「へ……」
自らのその反応を、星矢は自分でも不思議に思った。
『なぜ素直に謝るのか』と問われれば、『それが瞬の声だから』と答えるしかない。
氷河の言い分にはとりあえず逆らい、瞬の意見にはとりあえず従っておく――という条件反射が、星矢の中には形成されていたのだ。
それは、星矢がこれまでの人生で学び 辿り着いた賢明であり、また生きるための知恵でもあった。

「そーいや、そうだ。俺が謝ることなんかないじゃん」
氷河に指摘されて、星矢は正気にかえった。
考えてみれば、氷河が言う“俺のパソコン”は氷河ひとりのものではなく、城戸邸の図書室に設置されている共有端末である。
それを我が物顔で“俺のパソコン”などと主張する氷河の方が、根本的に認識違いをしているのだ。
そんな自分勝手な言いがかりをつけてきた氷河に頭を下げてしまったことを、星矢は歯ぎしりして悔やんだのである。






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