「あの氷河に しおらしく頭を下げたのかと思うと、俺、悔しくて悔しくて……!」
「ああ、それは大変だったな、ははははは……はぁ……」
星矢の悲惨な報告を聞いた紫龍は、室内に笑い声を響かせたのだが、彼のその笑い声は結局は溜め息に変わった。
氷河と瞬の声の入れ替わりによる弊害は、もちろん紫龍の上にも降りかかっていたのである。

よりにもよって氷河に頭を下げてしまったことに、星矢が地団駄を踏んだその時から2時間後。
紫龍の耳に突然、絹を引き裂くような瞬の悲鳴が届けられた。
これはてっきり敵襲に違いないと考えた紫龍は、急いで聖衣を装着すると、悲鳴が聞こえてきた城戸邸の裏庭に駆けつけた。
が、そこにいたのは敵ではなく、ましてや瞬ですらなく、夜の欲求不満を解消すべく庭の立ち木に向かって暴れている氷河の姿だったのだから、龍座の聖闘士の意気が萎えたのも当然のことである。

「瞬は瞬で――」
「瞬にも何かされたのか?」
反射的に問い返してから、星矢はその質問が間違っていることに気付いた。
何かされなくても――今の瞬は、そこにいるというだけで傍迷惑な存在なのだ。
事実、紫龍が瞬によって被ったダメージは、瞬自身には何の非もないことだった。

「瞬の奴、昨日『極寒に生きる動物たち』とかいう動物ドキュメンタリーを見て、いたく感動したらしくてな。夕べ俺に、命の尊さについて熱く語ってくれたんだ。瞬の言うことは正論で、実に尤もなことだったんだが、それを白クマをからかったり凍らせたりするのが趣味の氷河の声で言われると、嘘くさいというか、胡散臭いというか……」

それは確かに瞬には非のないことである。
星矢が氷河に頭をさげてしまったことも――そういう事態に至った原因と経緯はどうあれ、星矢が自分の意思で自発的にしたことで、その点に関してだけは氷河が悪いわけではなかった。

「声の印象って大事だよなー」
氷河と瞬の声の入れ替わりによる被害報告を一通り終えてから、今更ながらに改めて“声”の重要性を思い知った星矢は、ぐったりと疲労困憊して ラウンジのソファに身体をもたせかけたのだった。






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