二度目の奇跡は、星矢たちの許になかなか訪れてくれなかった。
代わりに彼等の許にやってきたのは、アテナにあだなす不埒な悪人たち。
こういう ややこしい時にも――しかも聖域から遠く離れた極東の島国にまで――律儀に攻撃を仕掛けてくる悪党たちに、星矢はほとんど尊敬の念を抱いてしまったのである。

ともあれ、これは、ここ数日間に鬱積したものを晴らす絶好の機会と考えて、星矢と紫龍は張り切って敵さんと対峙した。
――のだが。

「ネビュラッチェーン!」(←氷河の声)
「ダイヤモンドダストォー!」(←瞬の声)

戦場は、先日氷河が欲求不満解消の場にしていた城戸邸の 無意味に広い裏庭ということになった。
色鮮やかな衣装を脱ぎ捨てた木々の枝の間に秋の高い空を仰ぐことのできる戦場に、氷河と瞬の声が響く。
たまりにたまっていた鬱憤を晴らしたいと思っていたのは、氷河と瞬も同じだったらしく、二人は異様に張り切っていた。
だが、彼等二人の攻撃は、人海戦術で群がるようにアテナの聖闘士たちに襲いかかってくる敵よりも、彼等の味方である星矢と紫龍の方に より大きなダメージを与えることになってしまったのである。

「紫龍、あの二人をどーにかしてくれよ! 俺、さっきから闘おうとするたびに身体から力が抜けて……」
「無茶を言うな。俺だって、さっきから耐え難きを耐え、忍び難きを忍び……きれんな、これは」
技を一つも繰り出さずにいるうちから星矢と紫龍の戦闘力は早くもマイナス10000、彼等はその場に立っていられること自体が奇跡と言っても過言ではないほど、絶体絶命の大ピンチに追い込まれていた。

「『ネビュラチェーン』はさ、もっとトーンの高い声で突き刺さるように言ってほしいんだよ! 瞬の声の『ダイヤモンドダスト』なんて、語尾に重みが足りないっつーか、軽やかすぎるっつーか、あんな可愛いダイヤモンドダスト、マニアな敵を喜ばせるだけだろう!」
「イントネーションやリズムは本来のものなんだがな……」

二人の技の威力に変わりはないようだった――むしろ、いつもより強力ですらあるようだった。
星矢と紫龍の腰が砕けているにも関わらず、二人の手にかかって敵の数はどんどん減っていく。
そして、今の二人に通常に倍する力を与えているものは、どう考えても“欲求不満”という超巨大なマイナス・エネルギーだった。

「数が多いだけで雑魚キャラばっかりみたいだし、ここはあの二人だけで十分だろ。俺たちは先に戻って、ヒーリングCDでも聴いてダメージからの回復を図ろうぜ」
「それが利口だな」
星矢の提案を受け入れて、紫龍は、ほとんど力が失われた身体を なんとか立て直した。

力ない足取りで戦場を立ち去る星矢たちの背後で、ばたばたと敵が倒れていく。
彼等は、しかし、星矢や紫龍たちとは異なり、氷河と瞬の声の力に敗北を喫するわけではない分、星矢たちよりも幸福だったろう。
欲求不満で気が立っているとはいえ、ただの雑魚キャラの命を奪うほど、氷河と瞬は分別を失ってもいなかった。






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