星矢たちが戦場を立ち去って20分もすると、圧倒的な力の差を悟ったのか、50人ほどいた敵のほとんどは いつのまにか戦場から消えてしまっていた。
自分たちの他に動くものがないことを知った氷河と瞬が、臨戦態勢を解く。
そうしてから、瞬は、一人だけ逃亡の機会を逃したらしい敵さんが葉の落ちた楡の木の根方に身体をもたせかけていることに気付いた。

彼はどうやら、味方の誰にも省みてもらえなかったらしい。
夕暮れ時に差しかかった太陽の色が、一人だけ取り残された男の上に 血の色に似た光を浴びせかけている。
闘いの後の静けさの中でぐったりしている敵さんは、瞬の目に、遊園地の絶叫マシンで気分を悪くした一般人程度に か弱く無害なものに見えた。

「大丈夫ですか?」(←氷河の声)
彼を傷付けたのは、もしかしたら自分なのかもしれない。
そう思うと、そのまま打ち捨てておくこともできず、瞬は彼の側に歩み寄って、気遣わしげな声をかけた。

「瞬。放っておいてやれ。そのうち自力で立ち上がって、どこぞに行くだろう。へたに手を貸すと、双方のためによくない」(←瞬の声)
「うん。でも……」(←氷河の声)
戦闘時の緊張感を既に消し去っていた瞬は、隙だらけの背中を敵に見せて、至極尤もな意見を口にする仲間を振り返った。
途端に、動くのも不可能に思えるほどぐったりしていた敵さんの拳が、瞬の背に向かって突き出される。

「瞬っ!」(←瞬の声)
聖闘士である氷河に、その男の攻撃は亀の歩みのように緩慢なものに見えた。
そのことが逆に、氷河に不運を招いたとしか言いようがない。
氷河には、瞬を庇うために動く時間が与えられ、彼は時間が許してくれたことをした。
敵の拳ではなく 無理な体勢で瞬を庇おうとしたせいで 氷河は身体のバランスを崩し、頭と肩を――あろうことか戦闘中に彼自身が作った氷の床に――したたかに打ちつけることになってしまったのである。






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