ディオールだかアルマーニだかミキハウスだかは知らないが、ともかく、今回もまた氷河の“おねだり”は沙織に快諾された。 星矢の悪態に飽きている氷河は自分の用件が済むとさっさと席を外し、星矢の非難批判を聞くのは、今日もアテナと氷河以外のアテナの聖闘士ということになった。 「女ってのは、どうしてこう 外見にばっかりこだわるんだ」 星矢は早速、彼の女神に噛みついていったのだが、彼に噛みつかれることに慣れている知恵と戦いの女神は、軽やかな笑い声を響かせながら、星矢の嫌味を受けとめた。 「そうじゃなくて、だから私は健気な人間が好きなんだと言ったでしょう。自分の夢のために一生懸命努力している人間がね、私は好きなの」 「氷河の夢って、何だよ。あの馬鹿、本気でハリウッド・デビューでも狙ってるのか」 「それもいいわね。ちょうど1週間前に、グラードによるフォックス・フィルム・カンパニー社の買収条件が合意に達したところだし」 それは最近、国内外の各メディアで大々的に取りあげられているニュースの一つだった。 グラード財団はまもなく、過去の多大な映画ソフト・音楽ソフトのライセンスを抱える米国の伝統ある映画制作会社を丸抱えし、新会社グラード・ピクチャーズ・エンターテイメントを設立することになっていた。 そういう時期に沙織の冗談は冗談にならない。 それでなくても沙織の言葉は、普段から冗談と本気の区別がつきにくいのだ。 本気か !? と、星矢が目を剥くようにして沙織を睨む。 星矢のその無言ながら雄弁極まりない抗議を、沙織はまた ひどく曖昧な微笑を浮かべて受けとめただけだった。 「人間の夢というのは、どんな夢でも結局は、『幸せになりたい』という言葉に置き換えられるのよ。氷河は被服費分は働いてくれるし、私としては文句はないわ」 沙織が氷河の日当を何10万円に設定しているのかは知らないが、それは絶対に嘘だと星矢は確信していた。 どう考えても、沙織は氷河に対して無意味な過剰投資を続けている。 もちろん投資資産の回収は全くできていない。 沙織はただ、米国の伝統ある大企業をグループの傘下に収めることもしてのけた経営者として、自らの失敗を認めたくないだけなのではないかと、星矢は考え始めていた。 確かに、敵の襲撃が途絶えて久しい今、アテナの聖闘士の中でもっとも勤勉に仕事をこなしているのは氷河である。 現在、聖闘士としての活動の場が無いも同然のアテナの聖闘士たちが城戸邸に寄宿している名目は、“城戸沙織の身辺警護”ということになっていた。 沙織はグラード財団総帥という立場上、各種イベントやパーティに出席したり、様々な施設の視察・見学に出ることが多く、アテナの聖闘士たちはそのお供を言いつかる。 工場や研究所の視察や竣工式ならともかく、沙織を守ることよりも行儀よくしていることの方を求められる気取った集会が大の苦手の星矢は、それらの仕事のほとんどを氷河に任せていた。 そして、氷河は、その仕事のパートナーとして大抵は瞬を指名した。 星矢は要するに、氷河のような浪費をしない代わりに、ほとんど労働らしい労働もしていなかったのである。 本来なら、氷河に不満も文句も言えない立場にある星矢が 氷河に強く出られるのは、気取ったパーティに出て沙織の身辺警護をするという仕事を、氷河自身は単なる趣味か遊びとして行なっているようにしか見えないからだった。 沙織のお供でパーティに出るたび、沙織より目立って女に取り囲まれてみせる氷河に、感謝の気持ちを抱けという方が無理なのだ。 しかも氷河は、それを瞬のいる場所で してのける。 星矢が憤るのも無理からぬことだった。 「瞬も、あんな外見ばっかの脳たりんといつも一緒にいて、よく平気だな」 『女に取り囲まれて やにさがっているような奴と』とまでは、さすがの星矢も、瞬に対しては言えなかった。 気配りに満ちた星矢の嫌味に、瞬が元気のない微笑を返してくる。 「平気じゃないよ。氷河といると、いつも僕がおまけみたいに思えてくるから……。誰もが氷河に注目して、氷河の周りだけがいつも華やかできらびやかで、それはそれで別に構わないんだけど、時々、氷河までが僕がそこにいることを忘れてるんじゃないかって気になる……」 「氷河がおまえのことを忘れるはずがないだろう」 それまで無言だった紫龍が、ふいに横から口を挟んでくる。 瞬の覇気のなさを心配している口振りだった。 「…………」 紫龍のその言葉に瞬は無言で俯き、瞬のその様子を見た紫龍は、微かに眉をひそめることになったのである。 |