「おまえ、氷河とは続いているのか?」
「え」
突然 紫龍は何を言い出したのかと戸惑いながら、瞬が顔をあげる。
が、質問の意図を探らせない紫龍の一見穏やかそうな表情に出会い、瞬は再び瞼を伏せることになった。
星矢が、そんな瞬の横顔を横目で窺う。

二人がそういうことになったのは、氷河が自分の外見を飾ることに夢中になる以前のことだった。
星矢はその時、よりにもよってあんな変人の世話を買って出るとは瞬も物好きな奴だと呆れつつ、それでも氷河のようにエキセントリックな男には、瞬のように常識をわきまえた人間が必要なのだろうと、どこかで納得もしていたのである。

何も答えない瞬に焦れた星矢が、紫龍の質問を噛み砕きすぐるほどに噛み砕いて、再度瞬にぶつけてくる。
「だから、氷河と寝てんのかって」
「う……うん……」

星矢の尋ね方があまりに直截的すぎて、瞬は答えをごまかすことも思いつかなかった。
瞬の正直な答えを確認した星矢は、少々複雑な気分になったのである。
あんな阿呆をそれでも見捨てない瞬に。
それと同時に安堵もし、だから、星矢は笑った。
瞬に見捨てられていないのなら、氷河にはまだ“見込み”があるのだろう、と思うことができる。

「なら、忘れてるってことはないだろ。今の氷河は引く手あまたで、その気になれば、おまえ以外の誰とだって――いや、まあ、その何だ。そういう不埒な真似はしてないんだし、二人でいる時間もちゃんとあるんだろ」
それはその通りだった。
老若男女を問わずに愛想を振りまいて、彼等(ほとんどが既婚の女性だったが)から袖を引かれることも多い氷河が、しかし、決して外泊だけはしない。
その点に関してだけは、星矢も、それなりに氷河の誠実と貞節を認めていたのだ。
その事実は瞬にとっても安心を形成する重要な拠りどころであるはずだと、星矢は思っていたのである。
――が。

「……僕は、氷河と二人でいる時にいちばん、自分がちっぽけに思える」
「なんで」
瞬の囁くように小さな呟きを心底から不思議に思い、ほとんど反射的に、星矢は瞬に尋ねた。
星矢の中では、いつになっても、どういうことになっても、氷河は奇天烈な変人でしかなかったが、瞬はそういうものではなかった。
星矢にとって、瞬は、ともすれば見当違いな方向に猛進する氷河の手綱を握る騎手であり、だからこそ――瞬がついているからこそ、氷河はかろうじて善良な一市民の振りができている――。
星矢の認識はそう・・だったのだ。
だが、それは、瞬の意識とはかなり乖離したものだったらしい。

「氷河は何ていうか、世界の王様で、僕は無力な奴隷か何かなの。氷河は僕を嫌いじゃないから僕と一緒にいてくれるんだろうと思うけど、本当はそれは僕以外の誰でもよくて、すぐに取り替えもきく。氷河はただ面倒だからそれをしないだけなんだ。僕の方は、なにしろ無力な奴隷だから、氷河を好きか嫌いか以前に、氷河に逆らうことなんて思いもよらない。氷河がそうしたいって言ったら、言うこときくしかなくて……」

思いがけない言葉を聞かされて――それは、彼には、本当に思いがけない言葉だった――星矢が瞳を見開く。
その星矢に、少し切なげに微笑を返して、瞬は力なく呟いた。
「以前はこんなふうじゃなくて……僕は、僕の方が氷河の我儘をきいてあげてる気分でいたんだけどね」

星矢の中にわだかまっていた怒りや不審や戸惑いが消え、代わりにその胸の内に不安のようなものが生まれてきたのは、その時だった。
彼は、その不安を、ためらいがちに口にした。
「瞬、おまえ、氷河を好きなんだよな? 嫌いなわけじゃないよな?」
「好きだよ。だから つらいんだ」
「…………」

好きな相手と一緒にいることがつらい。
そんなことがあるのだろうか。
そういう人間関係が現実にはままあるのだとしても、それは、氷河と瞬の間にあっていいものではない。
星矢には瞬の感情が理解できず、また、納得もできなかった。
口をへの字にした星矢に、瞬がまた寂しげな微笑を投げかけてくる。

「誤解しないで。氷河はいつも僕に優しいよ。僕がひとりで勝手に、氷河に釣り合わない自分に落ち込んでるだけ」
そう言って、瞬は、いつもの通り彼の王様の許に伺候していった。






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