グラード・ピクチャーズ・エンターテイメント社の設立記念式典の出席者は、半数が日本人外の人間だった。 新法人の経営陣に米国側から組み込まれた者たちの中には元俳優・元映画監督も多く、もちろん現役の役者や監督の顔も多数ある。 人に見られ自分を人に見せることに長けた者たちが多くを占めるパーティは、実に華やかできらびやかなものだった。 メインホールの奢侈を極めた調度や輝くシャンデリアよりも、その場に集う人間の方が光を放っている。 そんな中でも場の雰囲気に飲まれることなく、普段通りに目立ってみせる氷河に、瞬の気持ちは感嘆を通り越して萎縮しきっていた。 ボディガードが主役より目立っていいのかと、いつも星矢は氷河を皮肉っていたが、今回ばかりはグラード財団総帥の連れが金髪碧眼の男性だということは、場の雰囲気を和らげるのに役立っているようだった。 沙織自身の容姿が日本人離れしていることも手伝って、旧フォックス社の関係者も、東洋の貧弱な猿に伝統ある企業を乗っ取られたという意識を抱かずに済んでいるらしい。 瞬はメインホールの出入り口脇の壁際に立って、そんな氷河を見詰めていた。 今は沙織と共に場の中心にいるが、そのうち、いつものように氷河は沙織から引き離され、女性陣に取り囲まれた別の輪ができるに違いない――と、そんなことを考えながら。 氷河は今日はシャツからネクタイまで鈍色がかった上下を身に着けていて、それが彼の金髪を より豪華なものに見せていた。 氷河を取り囲む女性陣がいつも複数であることが――決して一対一にならないことが――今では瞬の心を慰める拠りどころの一つになっていた。 暗い宇宙を行く当てもなくさまよう小さな隕石の気分で、瞬もまた氷河の姿だけを追っていた。 「君に、私の映画に出てほしいんだが」 そんな瞬に、壮年の男性が突然名も名乗らずに声をかけてくる。 この華やかな場で自分をパーティ出席者たちと同じ人間だと思えずにいた瞬は、最初の数秒間、それが自分に向けられた言葉だとは気付かずにいた。 瞬より先に、その男性の所為に気付いたのは氷河の方だったかもしれない。 周囲の金髪美女たちより頭一つ高いところにあった氷河の表情が、それまでの作られたような薄笑いを消して、突然険しいものになる。 氷河を取り囲んでいた女性陣がその変化に気付き、少し遅れて氷河の視線の先を追う。 彼女たちの視線はホールにいる多くの人間の興味を誘い、その視線の先にいる二人の人間は人々の注目を浴びることになった。 最初に動いたのは、このパーティの主賓である女性だった。 「フレミング監督」 沙織が、瞬を壁際に追い込んでいる男性の名を呼ぶ。 瞬は、その名に聞き覚えがあった。 恐る恐る覗き見ると、その親しみやすい面立ちにも見覚えがあった。 報道写真部門でピュリッツァー賞を受けたこともある元カメラマンで、初めて手がけた映画が昨々年の撮影賞、美術賞、 編集賞、視覚効果賞、脚色賞と監督賞でオスカーに輝いたマーヴィン・フレミング。 新作の日本公開が間近で宣伝を兼ねて来日していた彼を、新法人の経営陣の中に このパーティに招くことを考えた者がいたのだろう。 旧フォックス社と専属契約を結んでいたわけではないが、これまでの彼の映画は全てフォックス社配給となっていた。 実質的に今日から彼のボスになった女性に向かって、彼はマシンガンのように吠えたてた。 「フォックスはもっと早くに、グラードの買収にでも乗っ取りにでも応じるべきだったんだ。日本でこんな逸材に会えるとわかっていたら、私はもっと早くに来日して、私のメリュジーヌに会えていたのに。素晴らしい、何という目だ!」 感極まったように熱弁しているオスカー監督がいったい何を言っているのか、瞬にはよくわからなかった。 興奮して早口になっている上に南部訛りがきつくて、瞬には彼の英語が正確には聞き取れなかったのである。 栗色の髪と栗色の瞳の監督は、宝物を見付けた子供のように、ただ無邪気に喜んでいるだけのようだったが、体格のいい外国人の辺りをはばからぬ迫力と威圧感に、瞬はほとんど恐怖に近い感覚を覚えていた。 その二人の間に、沙織を押しのけて氷河が割って入ってくる。 瞬を背後に隠すようにして、彼はオスカー監督を睨みつけた。 「 「なんだね、君は。私は顔だけの役者は使わな……」 「瞬、来い」 「あ、氷河……!」 氷河に乱暴に腕を掴みあげられた瞬は、ほとんど足が床についていない状態で、メインホールの外に連れ出されることになった。 「だから、気をつけなさいと言ったでしょう。この集まりには、あなたと同程度以上に見る目のある者たちが集まってくるのだからと」 少し遅れて廊下に出てきた沙織の言葉に、氷河は忌々しげに盛大な舌打ちをした。 |