恋に落ちた理由を思い煩って何になるだろう。 恋に落ちてしまったあとでは、なおさら。 氷河は恋をした。 生まれて初めての恋だった。 相手は瞬という名の男の子で、氷河にとても優しくしてくれた。 氷河の身体を撫で、時には抱きしめ、空腹を訴えればすぐに食事を用意してくれた。 氷河がまとわりついていくと、嫌そうな顔ひとつ見せずに、いつも、 「どうしたの、氷河」 と優しく微笑み尋ねてくる。 瞬が――瞬も――氷河を好きでいてくれるのは確実だった。 瞬は、今、“高校”というところに入るための“受験勉強”というものをしている最中なのだそうだった。 両親を早くに亡くし、現在は、両親が唯一残してくれた小さな家に歳の離れた兄と二人暮し。 だが、瞬の兄は月に1、2度 家に帰ってくればいい方で、瞬は大抵一人きりだった。 「兄さんはね、僕を学校に行かせるために、頑張って働いてくれているの。だから、僕は真面目に勉強しなきゃいけないし、寂しいって言ってもいけないし……」 そう言って瞬は氷河を抱きしめる。 氷河は黒い鼻先を瞬の頬に押しつけて、くぅんと鳴き慰めることしかできなかった。 氷河は、今年1歳になったばかりの、人間の言葉を話すことのできない無力な仔犬だったから。 「氷河はそのうちもっと大きくなるのかなぁ」 散歩から帰ると、瞬はいつも氷河の脚を拭いて、家の中にあげてくれた。 瞬の家には犬小屋を置けるほどの庭もあったのだが、氷河が出会った頃の3倍ほどの大きさになっても、瞬は氷河を外に追いやるようなことはしなかった。 「氷河も僕と一緒の方がいいよね?」 寂しがりや は瞬の方なのだということはわかっていたのだが、氷河ももちろん瞬の側にいられる方がよかったので、そう問われた時には必ず、氷河は瞬に尻尾を振ってみせることにしていた。 |