城戸邸に思いがけない訪問者があったのは、冥界での闘いの記憶もまだ鮮明な ある日の午後のことだった。 鮮明といっても、冥界からの脱出後、青銅聖闘士たちは長い入院を強要されて、確実に一つの季節は過ぎ去ってしまっていたのだが。 「生きていたのか……!」 氷河が彼の名を口にしなかったのは、その名を失念してしまっていたからで――さすがに『サガと同じ顔をした奴』と呼ぶのはまずいだろうと考えたせいだった。 いわば、氷河なりの思い遣りだったのである。 が、それが、彼なりの思い遣りであったにも関わらず、彼が発した声と言葉の中には、『他の黄金聖闘士たちは死んでしまったのに、なぜ』という思いと、かつては神を手玉にとることまでしてのけた男のしぶとい生命力に呆れる気持ちが含まれていた。 おまけに、まるで普通の人間のように藍色のシルクのスーツを身にまとっている彼の姿を見て、氷河が彼の登場を快く思うはずがない。 つまり、氷河のその非難にも似た呻き声に、喜びや歓迎の意は全く含まれていなかったのである。 その声にはむしろ、彼が生きていることを責め咎める調子さえあった。 彼――ジェミニの黄金聖闘士カノン――は、現世にただ一人生きて存在する黄金聖闘士である。 その彼に対するいかにもぞんざいな氷河の態度に慌てたのは瞬だった。 「氷河、そんな失礼な……あの、冥界では助けてくださってどうもありがとうございました」 瞬がカノンに頭を下げ、この思いがけない訪問客を城戸邸の玄関ホールに招じ入れる。 カノンは、だが、好意的かつ友好的な態度を示した瞬には会釈ひとつ返さず、無愛想で非友好的な氷河の方に、 「俺には死ぬ価値もないようだ」 と、呟いた。 もしかしたら、それは独り言だったかもしれないが。 瞬は、二人の間に生じた 和やかとは言い難い空気を振り払うように、笑顔を作ったのである。 「あなたには、生き続けて、まだ何かしなきゃならないことがあるんですよ、きっと」 カノンがその言葉をどう受け取ったのかは、瞬にはわからなかった。 瞬のその言葉を聞いても、彼は全く表情を変えなかったので。 |