瞬は意識を失っていた。 身体を支え、その場に立っていることはできるのに、瞬の意識は突然 身体の奥の最も深いところに引きずり落とされていた。 ドルバルによって押し込められたのではなく、瞬の内側にある力がそれを引き、落としたのだ。 瞬の唇が、声を発する。 『やめろ』 「む……?」 その声がどこから響いてくるのか――を確かめるために、ドルバルは顔をあげ、おもむろに周囲を見まわした。 その場にいるのはオーディーンの地上代行者とアンドロメダ座の聖闘士だけであることはわかっていたのだが。 そこにはやはり、他に生きている者の気配はない。 声は、ドルバルでないもう一人の人物の唇から出ていた。 『そんなことをされては、 「何者だ」 アテナの聖闘士の唇から出てくる言葉が、アテナの聖闘士のものではないことだけはドルバルにもわかった――それしかわからなかった。 『そなたが死ねばわかる』 北の国の魔王の力をもってしても、今 彼の手の内にある小さな人間に、その心を殺す術をかけることは不可能であるようだった。 それは、その心の持ち主と もう一つの強大な力によって二重に守られている。 その もう一つの力が、ドルバルに告げた。 『そなたの神闘士はみな倒されたぞ。アテナの聖闘士たちがまもなくここにやってくる』 「それがどうしたというのだ。あれらはただの道具に過ぎん。しかも出来の悪い」 『ミッドガルドにかけられて術も解いた。あの男は、 だが、それ以上に恐ろしいものを、今、オーディーンの地上代行者はその目に映していた。 「おまえは――」 『余は神だ。 「まさか、おまえは……」 少女のような瞬の顔を見詰め、その瞳に宿る闇のような光を見て、ドルバルは戦慄した。 人間であるならば誰も勝つことのできない唯一の力。 それが、アテナの聖闘士の姿を借りて、彼の眼前に存在していたのだ。 「瞬!」 対峙する神と人間の間に、突然、その場にそぐわない明るい声が割り込んでくる。 「星矢!」 仲間の声に振り返った時、“神”は一人の人間に戻っていた。 「氷河が……!」 声に詰まって、瞬はその先を言葉にすることができなかった。 が、星矢はすべてを承知しているらしく、その明るさを失うことはなかった。 「氷河のことなら心配ない。あの馬鹿、紫龍とのバトルの最中に氷の壁で頭を打ったら、ちゃっかり元に戻りやがったんだ。本気で殺されかけた紫龍の奴、かんかんでさー」 「も……戻った……?」 そんなことがあるのかと、なぜそんなことになったのかと訝り、瞬は2、3度瞬きを繰り返した。 もう、ドルバルの力も感じない。 「ほ……本当に?」 「ああ、憎たらしいくらい元気だ」 星矢の笑顔が、それまで瞬の心身を支配していた緊張感を消し去ってしまう。 同時に身体を支える力をも見失って 倒れそうになった瞬をその腕に受けとめたのは、星矢に少し遅れてワルハラ宮に入ってきた、紛う方なき“氷河”その人だった。 |