「問題のかぐや姫は、まあ、つまり男なわけ」
「男?」
聞いた途端に、かぐや姫に対する氷河の関心が、いっそ見事な勢いで霧散する。
かぐや姫が男とは――誰にでも顔を見ることができるのも当然の話だった。
「源氏物語以上に流行の最先端を行く話だが、俺はその趣味はないぞ」
無意識のうちに前方に乗り出していた身体を引き、氷河はわざとらしく庭の向こうにある築山に視線を泳がせた。
広い庭を一望できる簀子縁(すのこえん)に腰を下ろしていた星矢が、『それは知っている』と言うように浅く頷く。

「俺の幼馴染みなんだ。今、14……15になったかな。母親は最初からいねーし、先だっての流行り病で父親を亡くして、一人だけいる兄貴は上野国(こうずけのくに)に親王様の代理として赴任したっきりで、京にはもう3年も帰ってきてない。上野国なんて遠国を任されるだけあって兄貴はしぶといやり手だから、瞬も暮らしに困ってはいないんだけど、おかげで今は広い屋敷に一人暮らしでさ。親父さんの代から勤めてる舎人や女房たちはいるけど、もうみんないい年だし、頼れる若いモンがいないんだよ」
「で、そのかわいそうな若君に、求婚者が5人も現れたというのか? それとも、月の世界から迎えでも来たか?」
「実はそうなんだ」
「そうなんだ……って、本当に求婚者が5人も現れたのか!」

それならば、純粋に興味から、今かぐやの顔くらいは拝んでみたい。
少々乗り気になった氷河に、だが、星矢は横に首を振った。
「違う。月の世界からの迎えが来たんだよ」
氷河の視線が再び、庭の築山に向けられる。
そんな馬鹿げた話を聞かされてしまっては、月の世界の姫のごとき美貌という話も眉唾ものである。
氷河にそんな態度を示されても、しかし、星矢は至って真面目な顔を保ち続けた。

「俺、先月の満月の夜に、恐いから遊びに来てって頼まれてさ、瞬の家に泊まりに行ってたんだよ」
その貴公子の名は瞬というらしい。
そんな肝心のことも言わずに事情説明を始める星矢も星矢だと、氷河は思い切り呆れてしまったのである。
実に星矢らしいとも思ったが。

「おまえなんか呼んでも頼りにならないだろう」
「俺もそう言ったんだけど、瞬は、他に頼りになる知り合いもいないし、お日様ならお月様に勝てるかもしれないとか、訳のわからないこと言ってさ」
「なかなか わかっているおヒメ様だ」
星矢が太陽とは言い得て妙である。
価値観も立場も違うのに、いつのまにか始まっていた星矢との友人付き合いは、太陽のように明るく屈託のない彼の性質のゆえだと、氷河は常々思っていた。
噂のかぐや姫は、人の気質を見極める力と、それを言葉にする能力を有しているらしい。

かぐや姫への氷河の関心が高まってきたことを敏感に察知したらしい星矢が、この機を逃すまいとするかのように意気込む。
今夜はもう満月の夜なのだ。
星矢は焦っていた。






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