[ II ]






「おまえが惚れてどーするんだよ! ほんとに役立たずな王子様だな! おまえが惚れるんじゃなく、シュンに惚れさせなきゃ意味ないだろ!」
よりにもよって鴨の丸焼きとシュンを同レベルで語る無粋な人間に、そんなことは言われたくない。
「自分の意思で止められるものなら、俺だって、数日後には神のものになる人間に惚れたりなどしない!」
ヒョウガの不手際を呆れ顔で罵倒してくるセイヤに、ヒョウガは負けずに怒鳴り返した。

「まあ、いいじゃないか。シュン当人の意思を変えることができないのなら、その分、ヒョウガが奮闘すればいい。頑張れよ。手をこまねいていたら、おまえを待っているのは手痛い失恋と決定的な絶望だ。春分まで、あと2日もない」
ここでシュン以外の人間が怒声を響かせ合っても、事態は好転するものではない。
冷静かつ容赦のないシリュウの言に、ヒョウガは頭から冷水を浴びせかけられたような気分になった。
シリュウの言う通りである。
あと2日も時を過ごしたら、自分は永遠にシュンを失うのだ――そう思っただけで、ヒョウガは一生分の絶望を一瞬で感じ取ることができた。

「神との契約を反故にする方法はないのか」
ヒョウガの怒声が、低い呻きに変わる。
シリュウは難しい顔になった。
「かのプロメテウスは、自らの持つ予言の力で得た知識をゼウスに提示することで、我が身に課せられた罰から解放されたという話だし、材料さえあれば神との取引は可能だろうが……。いかんせん我々には肝心の取引材料がないからな」

「我等がアテナに頼んでみるってのはどうだ?」
希望の全くないシリュウの言葉を聞いたセイヤが、ヒョウガの国の守護神の名を持ち出す。
彼は、単にヒョウガの間抜け振りに呆れているだけで、決してその恋を好ましく思っていないわけではなかった。
シリュウがセイヤの提案に首を横に振る。
「神々の間では、一方の神の企図したことを他の神が阻止することは許されないことになっている。アテナでもそれは無理だ。アテナに助力を乞うにしても、肝心の相手の神の名がわからぬのでは話にならないしな。――シュンが持っているというその胸飾りには、それらしい印はなかったのか?」
「ただ、『永遠にあなたのもの』という文字が刻まれているだけだった」

ヒョウガとて、シュンを人の世から連れ去ろうとしている神の名がわかっていれば、セイヤを怒鳴りつける声でその神の名を呪いたいところだったのだ。
名もわからぬ神が恋敵では、あまりにも こちらに分がなさすぎる。

「永遠にあなたのもの――か。恋の誓いのようだな」
シリュウの呟きに、ヒョウガは、ぎりぎりと音が出るほど強く歯噛みをした。






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