「少し様子を見ていることにする。瞬の送り迎えは俺がするから」 心底瞬の仕事を嫌がっていた氷河が そう言い出したのは、彼が瞬の職場訪問をした翌日のことだった。 そして、その日以降も、瞬は、目の前のミルクに口をつける暇もないほど忙しく、日々の生活に疲れ傷付いた孤独な女性たちの相手を務め続けていた。 「職場でね、瞬に言われた通りに、『いつもありがとう』って社員たちに言ってみたら、給料を上げたわけでもないのに効率が跳ね上がったのよ。前月比123パーセント! 嘘みたい」 「瞬ちゃんに言われた通り、夕べ、主人に『ご苦労様』って言ってみたの。そしたら、あの人、それだけで、今度の結婚記念日に二人で食事に行こうって言ってくれたのよ。こんなこと、10年振り!」 「昨日、あの子が勉強してたの。私、勉強しろなんて一言も言ってないのによ。ただちょっと早めに仕事を切り上げて、一緒に夕食を食べて、『最近どう?』って聞いただけなのに」 すべてがすべてうまくいっているわけではないようだったが、瞬のありきたりな助言は、それなりに成果をあげているらしく、瞬の許に嬉しい報告をしてくる客も多かった。 そのたびに瞬は、 「よかったですね」 と、ありきたりな言葉を――だが、心からの言葉である――を彼女たちに返していた。 それが風俗店でさえなかったら、確かにホストクラブ“サンクチュアリ”は瞬に向いた仕事場だと、氷河は思うようになっていったのである。 |