イノチガケの闘いのあとだからこそ、生きていることを確かめたいのだ――というのが、そういう場面での氷河の決まり文句だった。
そのセリフを繰り返すことはしなかったが、その夜も氷河は、昨夜と同じように瞬の首筋に手をのばしてきた。
その手から僅かに身を引いて、瞬が氷河をたしなめるように言う。
「星矢をからかうのは、いい加減でやめたら? 星矢は氷河と違って真面目なんだよ。他のことはともかく、闘うことに関しては。――ううん、星矢は何に対しても、すごく真面目なんだ」

「からかう? 本気だぞ、俺は。俺はおまえのために――生き延びて、おまえといちゃつくためにイノチガケで闘ってるんだ」
氷河が完全に嘘をついているわけではないことを知っているだけに、彼の態度を改めさせることが困難であることを、瞬は承知していた。
ただ瞬は、星矢が氷河を誤解していることが嫌だったのである。
そして、当の氷河が、星矢の誤解を助長するような言動を示すことが、瞬は嫌だった。

「なら、氷河、僕のために聖闘士でいることをやめてくれる? それで氷河が生き延びる確率は格段にあがるから」
「……」
思いがけない瞬の要求に、氷河が口をつぐむ。
懲りずに瞬に触れようとしていた手を、氷河は自分の許に引き戻した。
氷河の沈黙が嬉しくて、瞬は、ベッドに腰をおろしたまま 微かに唇だけで笑みの形を作ったのである。

「やめることなんかできないくせに」
「それは……おまえが聖闘士でいるからだ」
「僕が聖闘士でいることをやめたら、氷河も聖闘士でいることをやめる? やめてくれる?」
たたみ掛けるように尋ねてくる瞬に、氷河がまた唇を引き結ぶ。
しばらく考え込む素振りを見せてから、氷河は、瞬の前で、それとわからぬほどに小さく首を横に振った。

「それはできない」
「どうして? 氷河が聖闘士になろうとしたのは、海の底にいるお母さんに会うためだったんでしょう? 常人には行くことのできない場所に行くため。他にご立派な大義名分はなかったんでしょう?」
「そして、今は、おまえの側にいて、おまえを守るために聖闘士稼業を続けている」
「その僕が、聖闘士をやめるって言ってるの」
「おまえこそ、できないことを口にするな」
「どうしてできないと思うの。僕は人を傷付けることが嫌いだよ」
「……」

それは氷河も知っていた。
改めて言われるまでもなく、それは瞬のアイデンテティのようなものなのだ。
だが――。






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