唇、額、頬、髪、耳、首筋――氷河の唇がどこに触れても、瞬は氷河の腕の中で大人しくしていた。 それがどこでも、瞬は、氷河の唇に触れられることは――触れられるだけなら――快いらしい。 花に口付けるような、小鳥と小鳥がその 瞬の上の唇をついばみ、下の唇をついばむことをして、氷河が瞬に、 「同じようにできるか」 と尋ねると、 「うん」 瞬はすぐに頷いて、氷河に同じキスを返してきた。 「上手だ」 「ほんと」 褒められると嬉しそうに、瞬はそれを幾度も繰り返す。 この手のことに関して、瞬がこれほど能動的だったことは、かつて一度もない。 氷河は、なるほど これだけのキスでも楽しむことはできるものだと、今更なことを思ったのである。 「ね、ほんとに僕、上手なの」 瞬が、氷河の唇の上で、当人はそれと意識していない甘い言葉を囁く。 その一瞬、氷河の唇に触れる瞬の唇以外のものがあった。 その時を、実は氷河は待ちかねていたのである。 その機を逃さず、氷河は瞬に尋ねた。 「おまえ、それは平気なのか」 「え?」 「今、おまえの舌先が俺の唇に触れた」 「ほんと?」 その事実を知らされて、瞬は困惑を覚えたらしい。 が、すぐにその困惑が消える――消えたようだった。 当然だろう。 それは瞬自身がしたことで、不快を覚えるには短すぎる一瞬でもあったのだ。 「これは平気みたい」 試すようにもう一度 氷河の唇を自らの舌先でつついてみてから、瞬は、 「うん、全然平気」 と、笑顔のままで楽しそうに言った。 「同じことを俺がしても平気か」 「うん、きっと」 瞬の答えを、言葉だけでなく その表情まで確かめてから、氷河が瞬の唇に同じことをする。 実際に瞬は平気なようだった。 そして、自分が平気でいることを、瞬は嬉しく思っているように見えた。 「昔の映画に、『キスをする時に鼻は邪魔にならないのか』と訊いた女優がいたな」 「知ってる。こうやってキスして」 瞬が、自分から顔を傾けて氷河にキスをしてくる――無論、それは唇を重ねるだけのものだったが。 「『鼻は邪魔にならないのね』って言うんだ」 瞬は、自分がひどく気のきいたことをしたと思ったらしく、その唇にはどこか得意そうな笑みが浮かんでいた。 そんな他愛のない会話を、これ以上ないほど唇を近付けて続けていれば、舌が触れ合うことも多くなる。 しかし、そうなっても瞬は、今夜は全く氷河に嫌悪感を見せなかった。 |
■ 「鼻は邪魔に〜」 : イングリット・バーグマン@『誰が為に鐘は鳴る』
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