1時間後、瞬は、これまでにないほど長く深いキスを氷河と交わしていた。
そのキスを長く深いものにしたのは氷河だったが、どちらかといえば、それは瞬の方から仕掛けたキスだった。
そして、二人の唇が離れたときに、名残りを惜しむような溜め息を洩らしたのも瞬の方だったのである。

「どうだ、平気だろう」
まだ氷河から離れてしまいたくないと、瞬の唇は感じているようだった。
二度目を期待しているように、瞬の唇は艶めいている。
「平気。初めての時は気持ち悪かっ……あ……」
氷河とのキスにうっとりしていた瞬の唇が、つい正直な言葉を吐きかける。
はっと我にかえった瞬は、上目使いに氷河の顔を見上げ、少し気まずそうに眉根を寄せた。
それから、瞬は呟くような弁解を口にしたのである。
「あの……でも、今は平気」

瞬の失言を怒っていないことを示すために、氷河は、もう一度 瞬の唇が欲しがっているものを与えてやった。
瞬は、それがすっかり気に入ってしまったようだった。
「僕、馬鹿みたい。キスがどんなキスなのかなんてことに、意味だの理由だのを探していたなんて……。僕が少しでも氷河の近くにいたいって思ってたら、自然にそうなっちゃうだけのことだったのに」

瞬は、自分がキスという行為に関して、原因と結果を取り違えていた――という結論に至ったらしい。
そして、だが、瞬が導き出した結論が正しいかどうかは、この際 大した問題ではなかったのである。
重要なことは、瞬が二人の交わすそういうキスを今では大いに気に入っているということだった。
二人が交わすキスにうっとりしている瞬に感じる欲望を 強靭な意志の力で捻じ伏せ続けた氷河の苦労と忍耐が、徒労に終わらなかったということだった。

氷河は、瞬の身体を抱き上げて、今すぐにでも食らいつきたい瞬の身体を、決死の思いで自分から引き離した。
名残惜しげに薄く開かれている瞬の唇を見詰めながら、無理に厳しい表情を作って瞬に告げる。
「じゃあ、今夜はここまでにして、明日は抱きしめ方のレッスンをしよう」
「……」
それまで花の香りに陶酔しているようだった瞬の表情は、氷河にそう言われた途端、不安そうなそれに変わった。
その表情が、氷河に、彼の進む道の長く険しいことを再認識させてくれたのである。
氷河は瞬の不安を打ち消すために、微笑を作った。
「ああ、もちろん服は着たままでだ。予習はしなくていいが、サボタージュは許さないぞ」

氷河の冗談口調に、瞬はほっとしたらしい。
「氷河と一緒にいられるのなら、1時間なんてあっという間だね」
そう言って罪のない笑顔を見せる瞬に、氷河はかなりの無理をして、“悪いこと”など毫ほどにも考えていない無害な男の顔を向けたのである。






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