片思いでも、瞬は一向に構わなかったのである。
むしろ、その方がよかった。
片思いなのであれば、瞬はただ、自分の心を隠して氷河に接していればいいだけのことだったから。
氷河に“少女”として好かれているかもしれないという疑念を抱いて 氷河の側にいることは、瞬にはつらく苦しいことだった。

だというのに――つらい思いをすることになるとわかっているのに――瞬は氷河に会いに行かずにいられない。
瞬は毎日図書館に通い詰め、そのたびに氷河は自分の作業を中断して、瞬の相手をしてくれた。
罪悪感に苛まれながら、それでも瞬は、氷河の側にいたいと訴える自身の心に逆らうことができなかったのである。


その日の放課後、いつものように氷河のいる図書館に駆け込もうとした瞬は、そうする前に、どうやら図書館の正面入口に続くアプローチで瞬が来るのを待っていたらしい氷河に呼び止められた。
気配で氷河にそれと気付かれることに慣れていた瞬は、まるで目が見えているような氷河の言動に驚くことはなかったが、自分の前に立つ彼の瞳の色がいつになく重苦しい青色を呈していることには、大いに訝ったのである。

「何か……あったの?」
「俺を日本に呼び寄せた父が、昨夜亡くなった」
「氷河……」
彼の声音は、もちろん弾んだものではなかったが、かといって取り乱した様子もなく、むしろ淡々としていた。
氷河よりも瞬の方が、そんな大変な時に彼がこんなところにいていいのかと慌ててしまったのである。

氷河はおそらく、毎日彼にまとわりついている高校生に待ちぼうけを食わせないために、わざわざここで自分を待っていてくれたのだろう。
瞬は、胸が詰まるような感覚に襲われた。
が、こんな時に 氷河の気遣いを喜ぶわけにはいかない。
こんな時でなくても――瞬はもう、氷河の優しさを素直に喜ぶことができなくなってしまっていた。

「彼の病気が治らないということはわかっていたから、来るべき時が来たという感じで、あまりショックは受けていないんだ。彼自身も自分の寿命を知ったからこそ、これまで異国に放っておいた俺を日本に呼び寄せたわけだしな。母を捨てて、これまで父親らしいことはしてくれなかった男だが、最期に父親らしいことをしたいという酔狂を起こしたらしく、遺言で、彼の角膜で俺の目の手術をすることになっている」
父の寿命とその遺言の内容がわかっていたから、自分は検査のために定期的にこの病院に通っていたのだと、氷河は瞬に告げた。

瞬は、女手ひとつで息子を育てあげ亡くなったという彼の母親の話は、氷河から幾度か聞いていた。
亡き母への彼の愛情の深さは、瞬にも察することができていた。
だが、氷河は決して彼の父親のことには言及しようとしなかったので、瞬は実は、たった今まで彼の父親が生きていることさえ知らずにいたのである。
氷河が、彼の父親に肉親としての情愛を感じていないのは、事実のようだった。
『それでも父は父』という程度の認識はあるようだったが。
悲しいことだが――そういう父子だったのだろう。






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