シュンは決して、ヒョウガの告白を真に受けたわけではなかった。
もちろん、ヒョウガに恋をするようになったわけでもない。
ただシュンは、あの時の親切な少年にもう一度会って、懐かしい昔話をしたいと思っただけだった。
そうすれば、母が生きていた頃の あの優しい空気に もう一度触れることができるのかもしれないと――そうなることを期待したのだ。
だが、その希望を叶えようとしたシュンの前には、大きな壁が立ちふさがっていた。
ヒョウガという“ふざけた野郎”が出現した日以降、シュンは兄の命によって、ほとんど邸内に軟禁状態にされていたのである。

「兄さん、僕、外に出たいんです。このままじゃ、息が詰まっちゃう」
「しかし、外は危険だ。あの馬鹿が――」
「僕は、兄さんの弟ですよ。僕に危害を加えられる人なんているはずがないでしょう」
「いや、まあ、おまえが強いのは知っているが、あのふざけた野郎はどんな卑怯な手を使って、おまえに近付こうとするかわかったもんじゃない」
その“ふざけた野郎”に、だが、シュンはどうしても会いたかった。

「……兄さん。僕、考えたんですけど」
「何をだ」
兄を騙すことになるのは心苦しかったが、英国には『イングリッシュ・ジェントルマンは嘘をつかない。だが、それは、貴族ジェントルマンがいつも真実を語っているということではない』という金言がある。
嘘は、シュンの兄の好きな貴族の美徳なのだ。

「彼は、タンカービル男爵家の舞踏会に、彼の家にふさわしい花嫁を探しに来ていたんだそうです。僕も同じ目的で同じ場所に行っていたわけですよね。そして、タンカービル男爵夫人はとてもお喋り」
「それがどうした」
「男爵夫人は、僕があの舞踏会に行っていた訳をヒョウガに話したんじゃないでしょうか。で、ヒョウガは自分のライバルを減らすことを考えた」
「なに?」
「僕がこんなふうに彼を避けて、どこの舞踏会にも晩餐会にも出ずにいる間に、僕という目障りなライバルがいなくなった彼は、あちこちの家のご令嬢とお近付きになっているわけですよ。彼が同性の僕に恋したなんて馬鹿げた話より、その方がずっとありえることだと思うんですけど」
「……」

シュンの言うことには一理があった。
そして、シュンの兄は、シュンが紳士であることを失念していた。
蝶よ花よと慈しみ育ててきた弟が、よもや“男”に会うために兄をたばかることがあるなどとは、彼は考えもしなかったのである。
かくしてシュンは、兄という監視つきではあったが、思惑通り メイドストーン子爵家での舞踏会に出席できることになったのである。






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