真紅の薔薇より目立つ容姿を有するヒョウガ自身が、赤い薔薇を持って自分を待っているはずがない。
そう考えたシュンは、メイドストーン子爵家の舞踏会の会場で、赤い薔薇を身につけた案内人を探した。
メイドストーン家の舞踏会はタンカービル男爵家のそれよりも出席者を厳選しているらしく、招待客は、シュンとシュンの兄を除けば他のすべてが代々続く貴族ばかりのようだった。
中に、ひときわ目立つ美貌の女性がいて、彼女はほとんど銀色に近い豊かな金髪に真紅の薔薇を飾っていた。
他にホールには薔薇を身につけた紳士も淑女もいない。

「あのご令嬢をダンスに誘いたいんですが」
シュンはまず最初に、兄にお伺いを立てた。
男爵家での舞踏会の時とは打って変わって積極的な弟を訝り、かつ喜びながら、シュンの兄が舞踏会のホステスであるメイドストーン子爵夫人に彼女の素性を確かめる。
それは、シュンの兄には満足できるものだったらしい。
「セシル伯爵家のご令嬢。おまえより2歳年上だそうだが、幸い未婚、婚約者なし。ただし彼女は相当気位が高い上に選り好みが激しいらしいから、断られることを覚悟で行ってこい」
彼は、弟の背中を押すようにして、シュンにゴーサインを出した。

当のセシル伯爵家の令嬢は、複数人の若い紳士たちに取り囲まれ、女王然とした様子で布張りの長椅子に腰掛けていた。
ヒョウガのことがなかったら、彼女の賛美者たちをかき分けて彼女の前に進み出ることなど、到底シュンにできることではなかっただろう。
しかし、シュンはそれをした。
彼女の取り巻きたちが胡散臭そうな目で、女王を囲む輪の中に突然割り込んできた子供を見おろす。
彼等の視線にたじろぎつつ、シュンは彼女にシュンの用件を切り出したのである。

「あの、僕、ヒョウガに――」
途端に、セシル伯爵令嬢は満面の笑みを浮かべて 掛けていた椅子から立ち上がり、シュンにその先を言わせまいとするかのように、その手をシュンの腕に絡めてきた。
「まあ、ロンドンの社交界にこんな可愛らしい紳士がいたなんて。ダンスも結構ですけど、お庭を散歩しませんこと? メイドストーン子爵夫人ご自慢の薔薇園があるそうよ」
「あ……はい……」

社交界の女王の唐突な申し出に、その場で最も驚いたのは、シュン自身よりも彼女の取り巻きの紳士たちだったかもしれない。
シュンの周囲では、紳士たちの不満げな溜め息が幾つもあがったのだが、女王はそんなことは意に介さない。
戸惑うシュンをエスコートして――エスコートさせずに――彼女はシュンをダンスホールからメイドストーン家の夜の庭へと連れ出したのである。






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