ヒョウガとシュンの密会の手引きをしてくれたセシル伯爵令嬢の名は、ヒルダといった。
彼女はそれからも幾度も 二人のために仲介の労をとってくれた。
なんでも、彼女の妹が、親の決めた婚約者を放っぽってヒョウガに熱をあげているのだが、妹の婚約者が気に入ってるヒルダは、ヒョウガに別な恋人ができることを歓迎しているのだそうだった。
「こんな常識のない男を夫にしたら、妹が苦労するだけだわ」
と言って、彼女は、シュンと常識のない男の恋のために骨身を惜しまない協力をしてくれたのである。

「シュン、その後、セシル伯爵家の令嬢とは進展しているのか」
「あ、はい。お姉さんのように親切にしてもらっています」
「そうか。姉さん女房もいいものだ。さっさとプロポーズしろ。伯爵家にはもうひとり娘がいるそうだし、彼女が駄目だったらそっちに当たってみるのもいい」
「……」

階級クラス重視がはなはだしい この英国で、平民出身の父や兄がどれほど苦労してきたのかを、シュンはよく知っていた。
準男爵という身分を得、上流階級の仲間入りをした今でも、借金を重ねることでしか生きていけない貴族たちに、自分の家が成り上がりと蔑まれていることも、シュンは知っていた。
兄の気持ちはわかるのである。
だが、シュンは、無能無才な貴族たちを見返すために貴族の一員になろうとする兄の考えには、どうしても賛成できなかった。
そんな考えは、何より悲しい。
だからシュンの心は、恋は身分や財産でするものではないと言い切るヒョウガに 急激に傾いていったのかもしれなかった。

「ヒルダさんの妹さんには、もう婚約者がいるそうですよ」
兄にそう言って、シュンは、ヒョウガに会うために家を出た。






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