肉体的に成人の域に達していない瞬を、俺はなぜ自分の仲間にしようとしたのか――。
多分それは、妙に心惹かれる瞬の瞳のせいだったろう。
ともかく俺は、俺の血を瞬に飲ませ、瞬を俺と同じ死なないものにした。
そして、その時から、俺は瞬の主人になったんだ。

俺の血で不死人になった瞬は、俺に逆らうことはできない。
俺の血で不死人になった者は、俺の血を定期的に飲まないと死んでしまうから――というのもあるだろうが、実際、俺によって人間とは違う生き物に作り変えられた者は、俺のことしか考えられなくなるらしい。
一人で生きることに耐えかねて、俺が瞬以前に仲間にした者たちがそうだった。
それは、恋とも肉親の情とも違う感覚らしいが、とにかく自分の世界の中心に俺がいるような気持ちになるらしい。
そんなふうな感覚を俺に語り知らせてくれた者たちは、皆死んでしまったが。

俺と俺の血を受けた者は、たとえば心臓が破裂するほどの大怪我をしても、すぐに細胞が復活するが、だからといって、決して不死身なわけではない。
俺の血の供給を受けないと死んでしまうし、脳を破損することによっても不死の力は失われる。
俺たち不死人の肉体の維持と再生は、脳の視床下部に司られているらしく、その部分が破壊されると、俺も含めて不死人の肉体の維持と再生は不可能になる。
もちろん、胴と首が切り離されても同様。
いずれにしても、俺が他人に俺の血を与えるという行為は、仲間ではなくしもべを作る行為だ。
そういう行為でしかない。

最初のうち、俺は、孤独でいることに慣れてしまえなくて、浅慮から仲間を作った。
一人が死ぬと、また別の一人――というように、瞬に会う以前に5人ほど。
そのうちの4人が死んだのは、脳を破損するほどの事故に合ったせいだ。
彼等は不死になった自らの肉体を過信しすぎて無鉄砲をした。
もっとも、最後の一人だけは事故で死んだわけではない。
いや、あれも事故と言えば事故だったのかもしれないが。

俺が 瞬の前に俺の血を分け与えた人間は、外見の年齢だけは俺と似たり寄ったりの(実際には俺の方が30歳は年上だったわけだが)、家族のいないフィンランド人の男だった。
俺が欲しかったのは“仲間”であって、しもべではなかった。
本人にそう告げても、彼は俺の仲間にはなれなかった。
不死人の血によって不死になった人間は、不死になることの代償として、自身の心を自身の意思で律する術を失う。
そんな人間が俺と対等の仲間や友人などというものになれるはずがない。
俺のちょっとした気まぐれにも逆らわない“仲間”が苛立たしく、痛々しく――だから、俺は、二人が離れた場所で生きることを彼に提案した。
俺と離れていれば、彼は、生きることのすべてを自分の意思で決めなければならなくなる。
月に一度だけ会って血を与えさえすれば、主人としもべは、永遠の命を保ったままで仲間同士でいることができる。
俺は、そう言って彼を説得した。
彼はひどく不安そうだったが、俺の決定には逆らえず、結局は俺の提案を受け入れた。

1年ほど、そんな生活を続けただろうか。
物理的に遠く距離を置いた場所で暮らし、月に一度、約束の日時に約束の場所で落ち合い、俺は彼に血を与える。
それで、うまくいっていたんだ。
少なくとも、俺はそう思っていた。
――が、その協定開始から1年が経った頃、トラブルが起きた。
クリミア戦争だ。

1853年、トルコ軍のドナウ河渡河で始まったトルコとロシアの戦争は、翌年の英仏両国のロシアへの宣戦布告によって、バルカン半島からクリミア半島へと戦闘の舞台を移した。
俺たちは不死なだけで、吸血鬼のようにコウモリに姿を変え、自在に場所の移動ができるわけじゃない。
その時ロシアに行っていた俺は、約束の日、待ち合わせの場所にしていたパリに入れなくなった。
なんとか10日遅れでフランス国内に入国できた俺は、約束していたパリのホテルへと急いだが、時は俺を待っていてはくれなかった。
あれは、不死の人間は決して時を支配しているわけではないと、俺に思い知らせてくれた出来事でもあった。

俺が彼のいるホテルの一室に飛び込んだ時、彼の左目は既に石化し、その眼窩から転がり落ちていた。
急いで手首を噛み切って、俺は、そこから流れる血を彼の口中に流し込もうとしたが、俺は彼にとって遅すぎた人間だったらしい。
それでも彼は、俺を恨んではいないようだった。
片方だけ残った右の目で、彼は、俺がその場に来たことを喜んでいるように見えた。
それだけのことに満足して、彼は、俺の目の前で塵になって消えていった。

俺はその時の彼の目を忘れることができず――今でも時々夢に見る。
限りある命を持った人間同士であったなら いい友人にもなれていたに違いないと、俺が彼を不死の者にしなかったなら 彼はもっと生きていることができたはずだと、俺は俺の浅慮を深く悔やんだ。
それ以来、ほぼ半世紀、俺は自分以外の人間の生と死に関わることを自身に禁じ、仲間を作っていなかったんだ。
孤独に耐えることが、“人間”としての俺の良心の証であり、また彼への贖罪でもあるのだと、自分に言い聞かせて。

だというのに、瞬に出会った時、俺は、自分の内に定めていた禁忌をいとも簡単に破ってしまった。
一目見た時から、俺は瞬に惹かれていた。
その瞳の深さに惹かれた。
――だが、それも妙な話だ。
たかだか15、6年しか生きていない子供の瞳が、そんな深淵を抱えているはずがないのに。
ただ瞬の瞳は、時折俺の悪夢の中に現れるあの瞳と同じ色をしていながら、その目に映るものを包み込むように優しい輝きを呈していた。

だから――だったのかもしれない。
俺が、自分のしようとしていることに(その時は)何の疑問も持たず、まるでそれが運命だと信じてしまったように自然に、瞬を俺の仲間にしてしまったのは。
それに、なにしろ、相手は、自分が生きるために働いたこともない貴族の坊ちゃんだ。
瞬は、楽器や本より重いものを持ったことがないように綺麗な指をしていた。
だから放っておけなかったんだ。
突然庇護者を失った哀れな孤児をそのまま見捨てれば、人の心を失うようで。

あの時、俺が瞬を放っておいたなら瞬はどうなっていただろう。
あのままあの城で飢え死にしていたか、生まれを忘れて人の慈悲にすがる術を覚えたか、あるいは堕ちて盗人にでもなっていたのかもしれない。
それでも、今よりはましだろうか。
自身の生き死にどころか、自分にとっての喜怒哀楽が何であるのかすら自分の意思で決めることもできず、我儘な男の気まぐれに振り回されているだけの今よりは。






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