眠ってしまった瞬の寝顔を見詰めながら、俺は、100年前の夜のことを思い出した。
俺が、初めて瞬と身体を交えたのは、会ってからひと月も経っていない頃だった。
あの不吉な城のある国から瞬を連れ出した俺は、瞬の気を引き立たせるために 殊更明るい場所を求めて、地中海を臨む国に入った。
瞬が俺に逆らえないことは知っていたが、それでも俺はちゃんと「おまえを抱きたい」と瞬に告げ、許諾の返事をもらってから、その行為に及んだ。

あの時は、それが本当に瞬の意思なのかなんてことを、俺は考えもしなかった――疑いもしなかった。
それが俺の血のせいだとしても、俺のことしか考えられなくなっている瞬が、俺に求められることを不快に思っていないことは確実だったし、実際 瞬はこれまでただの一度も 俺との行為に嫌悪の表情を示したことはない。
羞恥心だけは、夜を重ねるごとに強くなるばかりだったが、俺に あの手この手で毎晩恥ずかしいことをさせられているんだから、それも当然のことだと 俺は思っていた。
ともかく瞬は、俺が求めれば、いつも精一杯それに応えようとしてくれた。

俺は瞬と二人で生きていることに満足していた。
瞬は綺麗だし、でしゃばることもせず、俺の気に障るところが全くない。
俺への従順も奉仕も、わざとらしくなく 押しつけがましくなく 驚くほど自然で、それが俺への従順なのだということにすら、俺はしばらく気付かずにいたほどだった。
瞬は俺にとって 孤独を分け合い 命を分かち合うことのできる唯一のパートナーなのだと、二人が出会ったことは神の采配だったに違いないと、俺は本気で信じていた。
あの頃が俺たちの蜜月時代だったと思う。
それが2、3年ほど続いた。

あの頃、俺は、抱きしめようとするたびに瞬が見せる ためらいや、瞬がいつまで経っても処女のような恥じらいを忘れないことを、好ましいとさえ思っていた。
瞬は俺を好きでいるのだと うぬぼれていたんだ。
それは、誤認とも言えない誤認だ。

あれは、いつのことだったか――どこの国にいた時のことだったか――。
瞬に夢中だった俺は、自分の羞恥心を必死になって押し殺し、健気に俺を受け入れてくれた瞬に向かって言ったんだ。
「俺はおまえが好きだ。おまえなしでは生きていられない」
――と。
性欲を満たした直後にですら――物理的にはもう その身体が必要でなくなった直後にですら――そう思える相手。
俺は瞬に惚れきっていた。本当に惚れていた。
だが、そんな俺に、瞬は不思議そうな顔をして言ったんだ。
「それは逆でしょう? 氷河なしで生きていられないのは僕の方だよ」

その時、俺は気付いた――思い出したんだ。
瞬は俺のことしか考えられない(ようにさせられている)。
瞬は俺を愛している(と思い込んでいる)。
だが、それは――瞬自身ではなく、瞬の中にある俺の血の意思なのだ――ということを。
そして、俺に抱きしめられる時、瞬が束の間見せるためらいは、瞬にそうさせるものは、本来の瞬が俺の血に抗おうとして見せる ささやかな抵抗なのではないか――と。
俺は瞬の心を疑い、その疑いは、時を置かずに確信に変わった。






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