瞬がいてくれれば、瞬が俺の側にいてくれさえすれば、他に何も望むことはないと思っていたのに、人間というものは――人間なのか、俺は――どこまでも貪欲にできているものだ。
俺は、瞬に――瞬自身に愛されたいと願うようになった。

瞬に「俺が好きか」と尋ねれば、瞬はもちろん頷く。
だが、それは瞬自身の意思ではなく、瞬の中に流れる俺の血が瞬にそうさせているだけのことなんだ。
俺には、瞬の心を確かめることは決してできない。
瞬の命は、俺の命の付属物のようなものなんだから。
瞬に「俺を愛しているか」と問えば、「愛している」と瞬は答えるだろう。
――それは嘘じゃない。
俺が命を脅かされるような危険に対峙することになれば、その必要もないのに、瞬は俺を守ろうとするだろう。
――幾度でも。自分の命を危険にさらしてでも。
だが、瞬は、それを、俺の血に命じられて するんだ。
瞬自身の心に命じられてするわけじゃない。
こんな腹立たしい、こんな苛立たしいことがあるだろうか。

その苛立ちが、俺を瞬につらく当たらせた。
瞬につらく当たるたび、それで瞬に嫌われることがあるはずもないのに、俺は後悔し、瞬を抱きしめ、そうして100年。
蜜月は僅か2、3年。
そのあとに、100年の地獄が続いた。
地獄だろう、それは。
手を伸ばせば、欲しいものが手に入る地獄。
こんな地獄があることを、冥府のタンタロスとて知るまい。

それでも俺は瞬を手放せなかった。
冷たくすると傷付いたような表情を見せ、優しくしてやると嬉しそうにその瞳を輝かせる瞬。
俺になら何をされても当然と思い――あるいは諦めて――最後には俺のために身体を開く瞬。

『それは逆でしょう? 氷河なしで生きていられないのは僕の方だよ』
あの時、俺は残酷な事実に気付いた。
俺が瞬の心を確かめられないように、俺は、自分のこの気持ちを瞬に信じてもらうこともできないんだ。
俺は瞬のためになら何でもする。
瞬は、だが、それを愛情だとは思ってくれないんだ。
たとえば、瞬への愛の証を立てようとして、俺が瞬のために命を賭けても、それは瞬を殺すことでしかない。
俺は、俺が瞬に恋焦がれていることを、決して瞬に知ってもらうことができないんだ。

真実愛されていないことと、真実愛していることを愛する人に知ってもらえないこと――人間にとって、そのどちらが より大きな苦痛だろう。
どちらか片方だけでも耐え難い苦痛なのに、俺の手の中には、その苦痛が二つながらに存在した。

「僕は氷河のためなら何でもする。ほんとに何でもする。だから、僕を嫌いにならないでね」
切なげに そう訴えてくる瞬の瞳も、俺の血で作られたものなのか――そんな疑いを胸に100年、俺は瞬に恋焦がれ続けたんだ。

100年――100年だ。
それが長い時間なのか短い時間なのか、俺には判断できない。
その100年の間、俺はずっと迷っていた。
こんな苦しい思いをするくらいなら、二人の関係をないものにしてしまった方がいいのではないかと。
いや、俺は迷っていたんじゃない。
その決意をするために、100年の時間を要したんだ。
その決意を為したのが今夜だということに、さしたる意味はない。

これまで二人で過ごしてきた時間を思うと、その決意を実行に移すことは、身を切られるように苦しいことだった。
眠っている瞬の瞼に――俺の心を惹きつけてやまなかった あの瞳を隠しているものに キスをして、俺はベッドから起きあがった。



■ タンタロス : 冥府で、眼前にある水や果物を決して口にできな
いという永遠の飢えと渇きの罰を受けている人間



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