おまえに愛されていないことがつらいと、おまえを愛していることを信じてもらえないことに耐えられないと、瞬にとって絶対の優越者である俺が、瞬のために熱烈なラブレターを残して、俺は二人が暮らしていたマンションの部屋を出た。 俺にそんなものを書かせたのは、瞬に俺を忘れないでいてほしいと願う気持ち――未練――だったろう。 その末尾に、『おまえを、俺なしでも死なずに済むものにする』と記したのは、瞬の心を安んじさせるためではなく、その方法を知っていながら、これまで瞬を自分に縛りつけていた事実を謝罪する気持ちからだった。 俺は、瞬を日本に残し、母が眠る東シベリアに向かった。 氷のように冷たいシベリアの海の底に、俺の母が眠っている。 変わらぬ姿のまま、ロシア国内を転々としながら、俺を成人するまで見守っていた母が、 「もしかしたら不死ではないのかもしれないという期待もしていたのだけれど、あなたは私の血の方を濃く受け継いでしまったようね……」 と俺に言ったのは、おそらく俺がこの世に生を受けてから20数年が経った頃だったろう。 俺にそう告げた彼女の瞳は平静そのもので、感情らしい感情もなかった。――いや、少し悲しげだったかもしれない。 その頃には、俺も、自分が普通の人間とは違うものだということがわかっていた。 どんな怪我をしても すぐに癒されてしまう傷、即座に再生してしまう細胞を、俺は、既に当たり前の事象と認めることができるようになっていた。 その上、肉体が成熟すると、俺の身体はそこから新たな変化をすることをしなくなっていた。 成長しきった人間の身体に訪れるはずの新陳代謝機能の低下――つまりは老化が、俺の身体では一向に始まる気配を見せなかったんだ。 あまり驚いた様子を示さなかった俺に、母は、生殖以外の方法で仲間を作る手段を教えてくれた。 それが、実際には“仲間”ではなく“ その意味を深く考えなかっただけで。 『慎重に』と、母は幾度も繰り返して、俺に忠告してくれたのに。 母は俺の父をすら“仲間”にはしなかったのに、その事実の重さをすら、俺は正しく理解していなかった。 その軽率が、今、俺を苦しめている――。 俺は、母と同じ海の底に眠るつもりだった。 死ぬのではなく、眠る――そのつもりで、母のいる場所に来た。 『もし、その仲間に自由を与えたいと思ったら、あなたは自分自身の時間を止めなければならないわ。だから、くれぐれも慎重に』 母は、俺と違って軽率ではなかったが、見届けるべきものを見届けたと言って、自ら この眠りを選んだ。 その母の息子だというのに軽率に過ぎ、瞬の自由を願うほど瞬を愛してしまった俺は、自分の犯した軽率の罪を我が身で 俺が死ねば瞬も死ぬが、俺が死なずに自分の時間を止めてしまえば瞬の時間も止まり、今度は瞬が受け継がれる血の主となる。 そして、この血の主となった瞬は、俺の血がなくても生き続けることができるようになる。 それが不死人の世代交代なのだと、眠りに就く前に、母は俺に教えてくれた。 肉体的に死なないだけで、それは普通の人間のそれと大して変わらないシステムだ。 ともかく、俺が死にさえしなければ瞬は生きていられる。 そして、瞬は俺の束縛から逃れて、自由を取り戻す。 自由になった瞬自身の心で、瞬は時には俺のことを思い出してくれるかもしれない。 もしかしたら、俺を愛してくれるようになるかもしれない――その時、俺は瞬の側にいることはできないが――そう思えば、俺は従容として、永遠の眠りに就けるはずだった。 そのはずだったんだ。 だが、俺は、自分の時間を止めてしまうことができなかった。 200年生きて、100年苦しんで、それでも達観できないほど俺の心は未熟で若く、瞬への未練を断ち切ることができなかった。 200年も生きて、子供のようなこの我儘! 俺は、そんな自分に呆れ、憤り、呪うことまでしたが、だが どうしても俺は眠りという死に就いてしまえなかった。 俺は瞬を抱きしめたかった。 俺に抱きしめることのできる唯一の温かいものを、この手に抱きしめていたかった。 ――愛することと愛されることに、はたして証は必要だろうか。 それは、死すべき人間にも確かめることはできないものだ。 愛していると言葉だけで言うことなら、誰にでもできる。 自分以外の誰かのために命を賭けることも、愛ではなく人としての義務感から成し遂げてしまう者もいる。 それは、証を立てられることなんかじゃない。 ただ信じるということによってのみ、存在し得ることなんだ。 瞬の側にいることが愛だ、少なくとも俺にとっては。 瞬のために苦しむことが、俺の瞬への愛情のあり方だ。 俺がどれほど苦しくても、それで瞬が幸せでいてくれるのなら、俺にとってそれ以上の幸福があるだろうか。 そう思った瞬間に、俺は瞬の許に帰ることを決意していた。 日本を発ってから4週間。 時間はあまりない。 俺は、瞬の許に急いだ。 |